真実は常に複数ある。
「治りたい」の奥に、違う気持ちはありませんか?
「早く治したい」
「元の生活に戻りたい」
「もう、こんなことで悩みたくない」
身体の不調が続いているとき、そう思うのは自然なことです。
ただ、人の気持ちは、一つの言葉だけで説明できるほど単純ではありません。
治りたいと思っている。
でも、元の生活に戻るのはつらい。
元気になりたいと思っている。
でも、元気になったら、また何でも引き受けてしまいそう。
こうした二つの気持ちを、同時に抱えていることもあるのではないでしょうか。
立場が変われば、見えている真実も変わる
病気になる人の真実。
病気につながるような負担を、相手にかけている人の真実。
病気でいることで、ようやく休める人の真実。
誰かが病気でいることで、自分の役割を感じられる人の真実。
病気を治したい人の真実。
病気が治ったあとの変化を、受け入れたくない人の真実。
同じ出来事の中にいても、見ているものや望んでいることは、それぞれ違います。
例えば、家族が「早く元気になってほしい」と言う。
その言葉には、相手を大切に思う気持ちがあるでしょう。
一方で、
「早く家事をしてほしい」
「仕事に戻ってほしい」
「自分の心配を減らしてほしい」
という気持ちが重なっていることもあるかもしれません。
本人も「早く治りたい」と思いながら、
「今は休ませてほしい」
「つらかったことを、わかってほしい」
と感じているかもしれません。
どれか一つだけが本音で、あとは全部うそ、という話ではありません。
矛盾する気持ちも含めて、その人の中にあるものだと思います。
「治りたい」と「戻りたくない」は、同時に存在する
普段は頼まれたことを断れない。
疲れていても、弱音を吐けない。
自分が我慢すれば済むと思っている。
そんな人が、身体を崩して初めて休めたとしたら。
「治りたい。でも、またあの毎日に戻るのは嫌だ」
そう感じても、不思議ではありません。
だからといって、「病気になりたくてなった」ということではありません。
ただ、元気なときには言えなかったことが、不調をきっかけに見えてくることはあると思います。
本当は休みたかった。
本当は断りたかった。
本当は、今の関係を変えたかった。
身体のことを考える時間が、自分の生活や本音を見直す時間になることもあります。
自分の真実だけで、相手を決めつけていないか
「私は、あなたのために言っている」
「普通は、こうするでしょう」
「自分は何も悪くない」
私たちは、自分が見ているものを、そのまま全体だと思いがちです。
これは私も同じです。
心配しているつもりが、相手を思いどおりに動かそうとしていることもある。
助けているつもりが、自分の必要性を確かめていることもある。
自分の中にそういう気持ちがあると認めるのは、あまり気分のよいことではありません。
それでも、そこを見ないままでは、同じやり取りを繰り返してしまうことがあります。
起きた出来事という「事実」と、その出来事をどう受け取ったかという「自分にとっての真実」は、分けて考えてみたいものです。
症状が治ったら、何をしたいですか?
あかつき道整骨院で、私が大切にしている問いの一つです。
仕事を楽しみたい。
旅行に行きたい。
家族と穏やかに過ごしたい。
そんな答えもあれば、
「考えたことがなかった」
「元の生活には戻りたくない」
という答えが出ることもあります。
そこから、身体だけを見ていたときには気づかなかった望みが、見えてくるかもしれません。
自分を責めるために、本音を見るのではありません。
これからの過ごし方を、自分で選ぶために見ていくのです。
身体の不調が続いている方。
同じ悩みを繰り返している方。
自分がどうしたいのか、わからなくなっている方。
あかつき道整骨院では、身体の状態に加え、食生活や生活習慣、気持ち、人間関係なども伺いながら、
施術とカウンセリングを行っています。
話がまとまっていなくても大丈夫です。
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あかつき道整骨院
大森ゆーすけ