それは、つい先月のことだった。
駅に向かう道すがら、私はふと、歩道の脇に落ちている5円玉に気がついた。
「たった5円だけど、拾っとこ。運がつくかも」
誰だってやるだろう。落ちているお金を拾うなんて。
5円や10円、100円くらいなら、届け出るのも大げさすぎる気がして…。
その瞬間までは、ごく普通の朝だった。
でも、その日から……何かが、おかしくなった。
夜、寝ようとすると、どこかから「カチッ…カチッ…」と小さな音が聞こえてくる。
窓も閉めてるし、時計の音とも違う。耳を澄ますと、それはポケットから聞こえてくるようだった。
不気味に思いながらも、翌朝、財布を開けると……入れた覚えのない10円玉が一枚増えていた。
次の日は、仕事で重要なデータを間違えて送信。
その次の日は、自転車のブレーキが突然効かなくなって転倒。
数日後には、駅の階段から落ちて、足を捻挫した。
「おかしい、こんなはずじゃない…」
ふと、あの日拾った5円玉のことを思い出した。
財布から取り出すと、その5円玉はどこか黒ずんでいて、表面には見たこともない傷のような模様が浮かんでいた。
手に取った瞬間、ゾワッと背筋が冷える。まるで、冷たい手で腕を掴まれたような感覚。
「これのせいかもしれない」
そう思った私は、すぐに捨てようとした。でも――できなかった。
ゴミ箱に投げても、翌朝にはまた財布の中に戻っている。
神社の賽銭箱に入れようとした瞬間、なぜか目の前がグラリと揺れて吐き気がした。
“手放せない――いや、手放させてもらえない”
その5円玉を拾ったときから、何かに取り憑かれていたのだろうか。
でも私はある日、ふと思い至った。
「もしかして、あの場所に戻せば……」
その5円玉を拾った歩道の脇に、私はそっと戻しに行った。
夜の街、誰もいない道路に、そっとそれを置く。
その瞬間、あの「カチッ…カチッ…」という音が、ふっと消えた。
それ以来、事故も体調不良もぴたりと止まった。
あの5円玉は、今もそこにあるのかもしれない。
もしかしたら――もう、誰かのポケットに入っているのかも。
「ただの5円」と、思ったあの日の私のように。
あなたも、何気なく拾ってしまうかもしれない。
でも――
その5円、本当に拾っていいと思う?