嫁が子どもを連れてお盆定例の地元帰省。
そしていつもの友人たちと定例ランチ。
そこで聞いた話がなかなか興味深かった。
というのも、同世代の友人たちの「50代の現在地」が、あまりにも対極だったからだ。
嫁は地元に残った友人とも、東京へ出た友人とも今でも付き合いがある。
つまり、どちらか一方の話を聞いているのではなく、双方の現状を知っている立場。
その話を聞いていたら、
「人生の成功って、いったい何なんだろう?」
と、ちょっと考えてしまった。
30代の頃、キラキラして見えたのは上京組だった
20年ほど前。
地元に残った友人たちは結婚して、子育ての真っ最中。
住宅ローンを払い、毎日家事と育児に追われ、自由になる時間もお金もそれほどない。
一方、地元を離れて東京へ出た友人は仕事と独身を謳歌。
SNSを開けば、東京のレストランやお出かけなど、都会らしいキラキラした生活が流れてくる。
それを見ながら地元組は、
「東京っていいなぁ」
と、少なからずモヤモヤしていたらしい。
まあ、30代ならそう見えるよね。
ところが、それから約20年。
50代に差しかかった今、彼女たちの生活はずいぶん違ったものになっていた。
「ずっと地元」の友人は、良くも悪くも安定していた
ある友人は公務員の嫁で、ずっと地元暮らし。
専業主婦として子育てをしてきた。
何か劇的な成功をしたわけではない。
生活が大きく変化したわけでもない。
良くも悪くも、ずっと安定。
2台駐車場一戸建ての住宅ローンはすでに完済。
子育てもほぼ終了。
お金に特別困っているわけでもなければ、老後について大きな不安があるわけでもない。
そして子育てが終わった50代になって、時間にもお金にも余裕が出てきた。
今では海外旅行含め、これから夫婦二人で何をしようかと話しているらしい。
派手さはない。
でも、不安もない。
30代の頃には東京のキラキラ生活を羨ましく眺めていた人が、50代になった今、
「これから夫婦二人の生活をどう楽しもうか」
と考えている。
人生って、いつ最高到達点を迎えるのか本当に分からない。
もう一人は、お金の使い道がなくてマセラティw
さらに強烈だったのが、別の地元友人の今年の買い物w
こちらは義理の両親と同居していて、世帯年収は一般的レベル。
決して何千万円も稼いでいるわけではない。
ただ、同居だから住居費の負担がゼロ。
そして子どもも大学生になり、子育てもいよいよ終盤。
それまでファミリーカーとしてアルファードに乗っていたけど、
「もう7人乗りはいらないよね」
ということで買い替えることになった。
しかもアルファードが、思った以上の下取り価格。
そこで次に選んだのが……
マセラティ・レヴァンテw
7人乗りが必要なくなったから買い替えたはずなのに、なぜか車体はさらにデカくなったというw
でも、この話って結構象徴的だと思う。
世帯年収だけを見れば中小企業部長レベル。
ところが住居費の負担がなく、子育て費用もピークアウトしている。
すると自由に使えるお金は意外と残る。
都会と地方の豊かさを比べるとき、つい「年収」ばかり見てしまうけど、本当に生活の余裕を左右するのは、
いくら稼いでいるかではなく、固定費を払ったあとにいくら残るか
なのかもしれない。
それでも「東京に住み続けてるなんてすごい!」
そして、ここからが今回一番おもしろかったところ。
そんな地元組が今なお一目置いているのが、東京へ出た友人。
「今でも東京に住んでるんでしょ?」
「ずっと東京で暮らし続けてるなんて、ホントにすごいよね☆」
地元にとって「上京」とは、今でもどこか成功の証らしい。
しかも東京へ出ただけじゃない。
50代になった今も東京に住み続けている。
そうなると、
「東京で成功した人」
という、本人が頼んでもいない尾ひれまでついてくるw
ところが嫁は、その東京の友人の現在も知っている。
その「勝ち組」と思われている友人は、現在独身で賃貸暮らし。
そして今、とにかく老後が不安でたまらない。
この先も家賃を払い続けなければならない。
仕事を辞めた後や病気になった時、一人でどう暮らしていくのか。
急に視界が真っ暗になったようだ。
かといって、今から新しいパートナーを探して、一から人間関係を築いていく労力も考えられないという。
本人としては「勝ち組」どころか、
なんとか東京で生きています。
それくらいの感覚なのかもしれない。
なのに地元へ帰れば、
「東京にずっと住み続けてるなんてすごい!」
「勝ち組だよね!」
と尊敬の眼差しを向けられる。
……これ、本人にとっては地獄以外の何物でもない。
「すごい!」という地獄の眼差し
批判なら、まだ反論できる。
「東京なんて住むところじゃないよ」
と言われれば、
「いや、私は好きだから」
で終わる。
でも、
「東京でずっと頑張ってるなんて、本当にすごいよね!」
という100%善意の称賛は、意外と逃げ場がない。
本人が、
「実はもう東京生活しんどいんだよね」
と思ったとしても決して口に出せない…
「地元に戻ろうかな」
と言った瞬間、自分自身が「都落ち」のように感じてしまうかもしれない。
誰も「失敗した」なんて言っていない。
それでも長年、
「東京にいる〇〇ちゃん=成功した人」
という役を周囲から与えられていると、その役から降りること自体が敗北のように感じられてしまう。
人を縛るのって、批判だけじゃないんだなと思った。
他人からの称賛も、ときには人を縛る。
これぞ「地獄の眼差し」
「ディズニーが近くて羨ましい!」……いやいや、君らのほうが行ってるじゃんw
そして、この「東京への憧れ」を象徴する話がもう一つ。
地元組が東京組に、口をそろえて言う。
「ディズニーランドが近いって、マジで羨ましい!」
確かに地方から比べれば圧倒的に近い。
ところが実際に話を聞いてみると……
ディズニーランドへの訪問回数は、地元組のほうが圧倒的に多いw
いやいや。
あなたたちのほうが行ってるじゃんw
考えてみれば、僕自身だってそうだ。
ディズニーランドなんて普通に日帰りできる距離。
だからこそ、ミラコスタにもアンバサダーホテルにも泊まったことがない。
だって、
「帰れるのに、なんでわざわざ泊まるの?」
って思っちゃうからw
ところが遠方から来る人にとっては、ディズニーそのものが旅行になる。
せっかく行くならホテルにも泊まる。
どうせ泊まるならディズニーホテルにする。
翌日もゆっくり楽しむ。
結果として、
遠くに住んでいる地元組のほうが、よっぽどディズニーを満喫しているw
これって、東京そのものにも言える気がする。
近くにあることと、それを楽しむことは別なんだよね。
東京に住んでいれば、いつでも行ける。
だから、
「また今度でいいか」
となる。
地方に住んでいれば非日常だから、
「せっかく行くなら思いっきり楽しもう!」
となる。
違う見方をすると地元組は、東京の高い生活コストを365日負担することなく、
東京の楽しいところだけを必要なときに取りに来ている
とも言える。
なのに本人たちは、
「東京に住んでるなんていいなぁ」
「ディズニーランド近くて羨ましい!」
と言う。
いやいやいや。
そもそも行かないし…
てか、東京を目一杯楽しんでいるのはあなたたちのほうじゃない?w
東京に住んでいる人は「東京で生活」し、旅行者は「東京を楽しむ」
これを考えていたら、東京という街そのものについても少し不思議に思えてきた。
旅行者にとって東京は憧れの場所だ。
美味しいもの
買い物
ディズニー
高級ホテル
夜景
そして数日間楽しんで、
「東京楽しかった〜!やっぱ東京いいなぁ😍」
と言って帰っていく。
一方、東京在住者にとって東京は日常。
働く
通勤
家賃
食料品
税金や社会保険料
老後資金
つまり、
東京に住んでいる人は「東京で生活」している。
地方から来る人は「東京を楽しんで」いる。
同じ東京だけど、実はまったく違うものを見ているのかもしれない。
旅行者が体験しているのは、東京というエンターテインメント。
在住者が向き合っているのは、東京という生活圏。
だから、
東京を一番楽しんでいる人が、東京に住んでいる人とは限らない。
そして旅行者の、
「東京最高!」
「こんなところに住めるなんて羨ましい!」
という100%善意の感想も、場合によっては在住者にとってプレッシャーになるのかも。
「そんな素晴らしい場所に住んでいる自分は、幸せであるはず」
という無言の前提ができてしまうからだ。
そうなると、
「東京を離れる」
という単なる居住地の変更が、
「素晴らしい人生から降りる」
ように感じられてしまう。
これもまた、東京というブランドが生み出す「地獄の眼差し」なのかもしれない。
地元の家は2,000万円台。それでも十分
地元の一戸建てなんて、不動産評価額でいえばせいぜい2,000万円台。
東京なら、その5倍する住宅も珍しくない。
でも、ここにも面白いところがある。
家って、売買するときにはじめて市場価格の差が大きな意味を持つ。
2,000万円の家でも、ローンを完済して本人がずっと住み続けるのであれば、
「安心して住み続けられる場所がある」
という機能は十分果たしている。
1億円の家に住んでいる人の幸福度が、2,000万円の家に住んでいる人の5倍になるわけでもない。
まして今回の東京組は持ち家ではなく賃貸。
東京の不動産価格がどれだけ上がったところで、それは本人の資産が増えたという話ではない。
むしろ老後も家賃という固定費が続く。
一方、地元組は2,000万円台の家でもすでにローン完済。
市場価格では東京に負けても、
「もう住居費をそれほど心配しなくていい」
という生活上の価値はものすごく大きい。
資産価値と生活価値って、同じじゃないんだよね。
だからこそなのか、彼女たちは今の物価高をそれほど深刻に捉えていない。
「生活苦の時代」って、本当に全員の話なんだろうか
最近よく、
「物価高で生活が苦しい」
「老後が不安」
「今の日本は生きづらい」
という話を聞く。
もちろん、本当に厳しい状況にある人はたくさんいるだろう。
社会保障や物価、賃金の問題も現実にある。
でも今回、嫁から地元の友人たちの話を聞いていて、ふと思った。
生活する場所や生活形態によって、同じ日本でも見えている景色は全然違うんじゃないか?
持ち家のローンは完済
夫婦二人
子育ても終了
昔からの友人や親族も近くにいる
固定費も比較的低い
そんな人に街角インタビューで、
「生活、苦しくないですか?」
と聞いても、
「いや……特に困ってないです。むしろ子供が自立して楽になった」
で終わってしまうかもw
テレビ的には全くおもしろくない展開w
でも、そんな人たちも普通に存在している。
知らないからこそ、幸せなこともある
もう一つ感じたのが、都会の生活を知ることの功罪。
東京には何でもある。
美味しい店も、最新のお店も、ブランドも、娯楽も、人も情報も、とにかく選択肢が多い。
それ自体は素晴らしい。
でも一度その生活を「普通」にしてしまうと、生活水準を下げることが難しくなる。
地元に戻れば生活費が下がると分かっていても、
「今さらこの生活には戻れない」
となることもある。
一方、ずっと地元で暮らしてきた人は、そもそも東京の生活を日常にしていない。
地元の暮らしをベースにしながら、余裕ができたら東京へ遊びに行けばいい。
海外旅行へ行けばいい。
つまり、
東京を知らない人生ではなく、東京を日常にしない人生。
これって案外、コスパがいい。
選択肢を知ることは自由を増やしてくれる。
でも比較対象を増やすことが、必ずしも幸福を増やしてくれるとは限らない。
現時点の「中間発表」なら、地元組がかなり有利w
ここまで書くと、
「じゃあ結局、地元に残った人が勝ち組ってこと?」
と思うかもしれない。
でも、僕はそうは思わない。
そもそも人生は勝ち負けじゃない。
ただし――
50代になった現在の「中間発表」だけを客観的に見るなら、地元組がかなり有利に見えるw
持ち家完済
子育て終了
夫婦関係も安定
友人や親族も近い
固定費も軽い
老後への大きな不安もない
そしてこれから夫婦二人の時間
対する今回の上京組の友人は、東京賃貸、独身、そして老後への不安を抱えている。
現時点の「安心感」だけ比べれば、そりゃ地元組が強い。
でも、だからといって30年前に東京へ出た選択が間違いだったことにはならない。
それでも僕なら、上京組を選ぶ
もし、
「どちらの人生を選びたい?」
と聞かれたら、僕自身はちょっと迷う。
良くも悪くも安定した地元での人生。
それとも、都会へ出て、いろんな人に出会い、いろんな経験をして、刺激も自由も味わった人生。
死ぬ間際に、
「どっちの人生のほうが面白かったと思えそう?」
と聞かれたら……
僕なら、それでも上京組を選ぶだろうw
安心して生きることと、面白く生きること。
これもまた、同じではない。
人生には、
「今の生活にどれだけ満足しているか」
という幸福もあれば、
「自分の人生、なかなか面白かったな」
と思える幸福もある。
どちらを大切にするかは、人それぞれだと思う。
過去の選択を採点するより、今から正解にすればいい
そして結局、僕が一番思ったのはこれ。
地元に残ったのが正解だったのか。
東京へ出たのが正解だったのか。
50代になった今、その答え合わせをする必要なんてないんじゃないだろうか。
人生はまだ続いている。
東京で老後が不安なら、今から安心できる生活を作ればいい。
地元へ戻ったっていい。
別の場所へ移住したっていい。
一人で生きるなら、一人でも安心して暮らせる仕組みを作ればいい。
逆に地元組だって、
「地元に残ったから正解」
なのではない。
これから夫婦二人になった時間を旅行や趣味に使って、
「いや〜、この人生でよかったな」
と思えたとき、初めてその人生が正解になるのかもしれない。
だから人生って、
「正解を選ぶゲーム」じゃなくて、「選んだ道を正解にしていくゲーム」
なんじゃないかな。
30代では、上京組がキラキラして見えた。
50代では、地元組の安定感が際立っている。
60代、70代になったら、また景色は変わるかもしれない。
人生の最高到達点がいつ来るのかなんて、誰にも分からない。
だったら、途中経過で勝った負けたなんて考えても仕方がない。
地元に残った人は、地元に残った人生を正解にすればいい。
東京へ出た人は、東京へ出た人生を正解にすればいい。
そして死ぬ間際に、
「いや〜、いろいろあったけど、なかなか面白い人生だったなw」
と思えたら――
その人生は、大正解だったんじゃないだろうか。
結局、人生最大のテーマである「幸福満足度」って、
他人から「勝ち組」と思われることでも、
一番高い家に住むことでも、
一番たくさん稼ぐことでもなく、
自分自身が、自分の人生にどれだけ納得できているか。
案外、そんなシンプルなことなのかもしれない。
と、アクスイクスの放射を浴び続けて早4年。
すっかり思考が変わってしまったw