FP兼AXXYXXオペレーターが考える「定年退職後のライフプラン」

FP兼AXXYXXオペレーターが考える「定年退職後のライフプラン」

記事
コラム
「老後のために2,000万円必要です」

「医療費に備えましょう」

「介護費用も考えておきましょう」

こんな話ばかり聞かされて、未来に希望なんて持てるのだろうか。

FPである僕が言うのもなんだけど、

老後のために貯金しても、不安は消えない。

むしろ僕は最近、

「老後のために貯金する」ほど、つまらない人生はないんじゃないか

とすら思っているw

2,000万円貯まったら、本当に安心する?
「老後が不安だから2,000万円貯めよう」

そして本当に2,000万円貯まったとする。

これで安心!

……となるだろうか。

「でも100歳まで生きたら?」

「大病したら?」

「介護が必要になったら?」

「老人ホームに入ったら?」

じゃあ3,000万円?

5,000万円?

1億円?

いったいいくらあれば、不安はゼロになるんだろう。

おそらく、そんな金額はない。

なぜなら問題は「お金が足りないこと」だけじゃなく、

未来を“不安なもの”として見ていることそのもの

だからだと思う。

不安を理由に貯金を始めると、その不安が次の不安を連れてくる。

ゴールがどんどん遠ざかる。

子どもの頃、僕らは未来を怖がっていなかった
考えてみれば不思議だ。

子どもの頃の僕らなんて、何も持っていなかった。

貯金もない。

仕事もない。

家もない。

老後資金なんて当然ゼロw

将来何になるのかすら分からない。

今よりよっぽど不確実な人生だった。

なのに、未来は怖くなかった。

「明日は何して遊ぼう?」

「夏休みは何しよう?」

「大人になったら何になろう?」

未来とは、

まだ起きていない“楽しいこと”

だった。

もちろん、今考えれば理由は簡単なのかもしれない。

子どもが、

「来月の家賃どうしよう」

「病気になったら医療費どうしよう」

「食費が上がったらどうしよう」

なんて考えなくて済んだのは、

親が代わりに不安を引き受けてくれていたからだ。

じゃあ、その親の不安は誰が引き受けていた?
ここで、もう一つ疑問が湧く。

子どもの不安を親が引き受けていたなら、

その親の不安は誰が引き受けていたんだろう?

妻が子どもの頃なんて、家には曾祖父母までいたらしい。

祖父母どころじゃないw

何世代もの人間が同じ生活圏にいる。

誰かが働いている。

誰かが家にいる。

誰かが病気になれば、別の誰かが動く。

もちろん大家族には大家族なりの面倒くささもあったみたいだけどw

でも少なくとも、

「何が起きても全部自分一人で解決しなければならない」

という世界ではなかった。

それが核家族になり、子どもが独立し、夫婦だけになり、場合によっては最後は一人になる。

もしかすると現代人の不安が増えたというより、

不安を一緒に背負ってくれる人が減った

のかもしれない。

そして僕らは、人とのつながりが減った分を、

貯金

保険

投資

老後資金

といった**「お金による安心」**で埋めようとしているんじゃないだろうか。

昔は「人」で分散していた人生のリスクを、

今の僕らは「金」だけで分散しようとしている。

でも、お金だけで全部解決できるのだろうか。

年齢を重ねるほど「期限」が見えてくる
もう一つ、歳を取るほど未来が怖くなる理由がある。

期限だ。

会社員は今、安定している。

毎月決まった日に給料が入る。

社会保険にも入っている。

会社という大きな傘もある。

でも、その安心には最初から有効期限が書いてある。

「定年」

である。

50代になれば、

「あと10年」

「あと5年」

と、その期限が現実味を帯びてくる。

今は何も困っていない。

明日給料がなくなるわけでもない。

なのに未来だけが怖い。

そこへ、

「老後2,000万円必要です!」

「年金だけでは足りません!」

「医療費に備えましょう!」

なんて情報が毎日のように飛んでくる。

そりゃ刺さるわw

本人自身が、

「今の安定は永遠には続かない」

と一番よく分かっているんだから。

だったら老後も働けばいい。でも……
「年金だけで足りないなら、高齢になっても働けばいい」

僕もこれは大賛成。

むしろ元気なら、死ぬまで働けばいいと思っている。

でも問題は、

何の仕事をするのか?

ということ。

定年後、求人サイト開いて、

「70歳でも働ける仕事」を探す。

レジ。

清掃。

品出し。

警備。

もちろん、どれも社会に必要な立派な仕事だ。

でも僕が聞きたいのは、

それ、本当に70歳になった自分がやりたい仕事なの?

ということ。

しかも、その職場では自分は新人だ。

昨日まで会社で部長だったとしても関係ない。

70歳の自分に仕事を教えてくれる先輩が、25歳かもしれない。

「そこ違いますよ」

「次これお願いします」

「もう少し早くお願いします」

と、孫ほど年下の先輩から指示されながら働く。

それが楽しい人なら何の問題もない。

でも僕はイヤだw

現に高齢パートいじめの話も聞くし…

だったら40代、50代のうちに、

自分で月5万円、8万円、10万円を生み出せる小さな仕事

を作っておけばいい。

「あと1年しかない」を「あと1年で始まる」に変える
実際、妻の身近に対照的な人たちがいる。

来年55歳で、現在の派遣の仕事が終了する見込みの友人がいる。

実質あと1年。

離婚後、子どもたちは大学生になり、一人で家にいる時間も増えた。

将来への不安を口にすることも多い。

でも、まだ具体的な「次」が見えていない。

一方、前回のNOTEにも登場した妻の友人。

そう。

あの「マセラティの友人」だw

彼女は僕たちの書道教室開業コースの生徒第1号でもある。

すでに2年以上書道を学び、

毛筆3段。

硬筆も3段。

小学生を指導するための目安としている初段も、とっくにクリアしている。

そして今、

自分の書道教室を開くための物件を探している。

これがまた楽しそうなのよw

というか私たちもサポートにワクワクしている。

「ここなら何人入れるかな?」

「子どもたちは通いやすいかな?」

「どんな教室にしよう?」

まだ教室はない。

売上だってゼロ。

それなのに、

日々が輝いている。

もちろん彼女にも将来への不安はあるだろう。

でも今は、

不安より期待のほうが勝っている。

これなんじゃないかと思う。

人は「期限」が怖いんじゃない。

期限の先に何もないことが怖いんじゃないだろうか。

「あと1年しかない」

ではなく、

「あと1年で始まる」

に変える。

未来そのものは同じでも、見える景色はまるで違う。

老後の仕事に「定年」はいらない
僕が老後の仕事として書道教室を推す理由はここにある。

そしてもう一つは、物販と違って利益率が高いことw

別に年商1,000万円なんて必要ない。

月謝5,000円で生徒16人なら、

月8万円。

4人クラスなら4コマ。

月3回なら授業時間は、

月12時間。

70歳になったら生徒を減らせばいい。

75歳になったら週1回でもいい。

80歳になったら、できる範囲で続ければいい。

いやもっと言えば、アルバイト雇って不労所得とかw

誰からも、

「先生、80歳になりましたので定年です」

とは言われないんだし…

そして何より大きいのは、

「先生こんにちは!」

と毎週、自分に会いに来てくれる人がいること。

作品を見る。

添削する。

新しい生徒の名前を覚える。

保護者と話す。

展覧会を考える。

月謝を管理する。

頭も使う。

人にも会う。

だから書道教室は、

収入+生きがい+人間関係+社会との接点

を同時に作れる。

老後に月8万円稼げること以上に、

毎週、自分を訪ねてくれる人がいる。

こっちのほうが大きな資産になるかもしれない。

20年後、旦那さんがお小遣いをもらっているかもしれないw
今、開業を目指している彼女の生活を支えているのは主に旦那さんの給料だ。

でも人生はまだ長い。

旦那さんには、あと数年で定年が来る。

一方、

彼女の書道教室には定年がない。

20年後。

旦那さんが完全リタイアして、

「今月ちょっと飲みに行きたいんだけど……」

なんて言ったら、

現役書道講師の彼女が財布を開いて、

「はい、お小遣いw」

なんて未来だってあるかもしれない。

今は旦那さんが支える。

将来は奥さんが支える。

それでいいじゃないか。

人生って、ずっと同じ人が支える必要なんてない。

パートナーがいれば、「4本の柱」になる
さらに二人とも同じような生き方をすれば、

老後の収入源は、

自分の年金
+パートナーの年金
+自分の小さな仕事
+パートナーの小さな仕事

になる。

4本の柱だ。

片方が仕事を休んでも3本残る。

片方の仕事がダメになっても3本残る。

しかも二人暮らしなら、家賃も電気代もネット代もすべて2倍になるわけじゃない。

さらに、

「今日どうだった?」

「明日は何する?」

と話せる相手までいる。

パートナーの価値って、恋愛だけじゃないと思う。

メンタルの支えでもあり、生活コストの共有相手でもあり、人生のリスクを一緒に背負うチームメイトでもある。

FP目線で見ると、パートナーこそ最強のリスクヘッジかもw

もちろん、誰もがパートナーを持つ必要があるとは思わない。

友人でもいい。

仕事仲間でもいい。

地域でもいい。

生徒でもいい。

大切なのは、

人生のすべてのリスクを一人で背負わないこと。

老後の固定費だって小さくできる
老後も現役時代と同じ生活を維持しなければならない、という前提も疑っていい。

広い家が必要なのか。

駅徒歩3分でなければならないのか。

車を持ち続けなければならないのか。

横浜市内でも探せば、比較的低家賃の公的賃貸住宅はある。

スーパー。

病院。

バス停。

小さな住居。

近所に集会所があって、そこで小さな教室ができる。

それで十分という人もいるだろう。

高齢になれば横浜市には敬老パスのような制度もある。

つまり、

収入を増やすことだけが老後対策ではない。

固定費を小さくすることも、立派な老後対策だ。

そして日本には公的医療保険、高額療養費制度、介護保険があり、本当に資産や収入がなく最低生活を維持できなくなった場合には、要件を満たせば生活保護という世界がうらやむ最強のセーフティネットもある。

生活扶助だけでなく、医療扶助や介護扶助もある。

もちろん、最初からそれを当てにして人生設計しようという話ではない。

でも、

最後の砦が存在することを知ったうえで人生を設計する

のと、

何も知らずに、

「老後が怖い!」

と民間保険と預金だけで全リスクを背負おうとするのでは、未来の見え方が全然違う。

老後の安心を「分散投資」する
FP的に考えるなら、これが僕の結論だ。

投資では、

「一つの資産に集中するな」

と言う。

なのに、なぜ老後だけは、

「貯金」という一つの資産に人生を集中投資するんだろう。

僕なら老後資産をもっと分散する。

金融資産

必要なお金は持っておく。

仕事資産

死ぬまで月数万円を自分で生み出せる仕事を持つ。

経験資産

旅行する

新しいことに挑戦する

失敗する

人に会う

老後に語れる人生を作る。

そして、

人間関係資産

パートナー

友人

仕事仲間

生徒

地域とのつながり

これらを現役のうちから少しずつ育てておく。

それでもダメになったら、公的なセーフティネットを使えばいい。

国だけに頼らない。
会社だけにも頼らない。
貯金だけにも頼らない。

安心そのものを分散しておく。

これが僕には一番合理的に見える。

50歳の100万円と85歳の100万円は同じじゃない
そして、もう一つ。

お金には使い時がある。

50歳の100万円なら、

旅行できる。

新しい趣味を始められる。

資格を取れる。

商売を始められる。

人に会える。

失敗だってできる。

そこで使った100万円は消えるんじゃない。

経験値を上げることができる。

一方、85歳になって通帳に100万円多く残っていても、身体が動かなければできることは限られる。

せいぜい大部屋から個室部屋へ移れる贅沢くらいだろう。

(ちなみに大部屋の方が精神衛生上まだマシだと思うけど…)

もちろん最低限の貯蓄は必要だ。

でも、

老後のために現在の人生そのものを貯金してしまう

のは違うと思う。

老後のために貯金しても、不安は消えない
結局ここに戻ってくる。

2,000万円あっても不安な人は不安だ。

3,000万円あっても、

「もっと必要かも」

と思う。

未来の不確実性を完全になくすことなんてできない。

だったら、

不安をゼロにしようとするのをやめればいい。

代わりに、

不安より大きな期待を作る。

来年どこへ行こう。

何を始めよう。

誰に会おう。

どんな仕事を作ろう。

そういう未来なら、歳を取ることだって少し楽しみになる。

子どもの頃の僕らには、資産なんて何もなかった。

でも、

明日の予定だけはいっぱいあった。

だから未来が楽しみだったんじゃないだろうか。

老後に話すネタを貯めろ
老後のために若い頃から節約して、

旅行にも行かず、

人付き合いにもお金を使わず、

新しいことにも挑戦せず、

ひたすら貯金する。

そして80歳。

通帳には2,000万円。

時間もたっぷりある。

そこで若い人から聞かれる。

「若い頃、何してたんですか?」

そして答える。

「老後のために貯金してました。」

……。

いったい誰がこんな老人と話をしたいと思う?

寂しすぎるだろw

だから僕は思う。

今使え。

旅行しろ。

うまいものを食え。

新しいことを始めろ。

人に会え。

恋愛したっていい。

失敗したっていい。

そして、できれば死ぬまで続けられる自分の仕事を一つ作っておこう。

未来を心配して今を犠牲にするな。

今を楽しみながら、未来が楽しみになる種をまけばいい。

不安の反対は、

「安心」ではなく「期待」

なのかもしれない。

そして老後の最大の資産は、

通帳の数字ではなく、

「経験値、とくに失敗ネタ」と「一緒に話せる誰か」なのかもしれないよ


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