【大嶋淑之・新潟】なぜ私は“消しゴムのかす”からアイデアを思いつくのか
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机の上に散らばる小さな消しゴムのかす。掃除するのが面倒で邪魔者扱いされるそれを、あるときじっと眺めていたら妙に愛着が湧いてきた。線を引き直すたびに生まれるその形は、どれも少しずつ違っていて、二度と同じものはできない。つまり、無意識のうちに描いた試行錯誤の痕跡が、確かにそこに積み重なっているという証拠でもある。
考えてみれば、私たちのアイデアも同じではないだろうか。完璧なものを一度で描ける人はいない。たくさんの消し跡が残り、その度に小さなかすが生まれる。面倒だからすぐ捨ててしまうけれど、実はそこにこそ自分の工夫やこだわりの軌跡が刻まれている。失敗の結果として生まれたものを、ただのゴミとして処理してしまうのはもったいないと感じ始めた。
ある日、散らばったかすを丸めてみた。すると、不思議なことにそこから新しい発想が浮かんできた。アイデアを「積み重ねて丸める」ことそのものが、創造の象徴のように見えたからだ。作業の副産物にすぎないものを見直すと、意識が切り替わる。これまで無駄にしていたことも、視点を変えると次の原動力になる。
クリエイティブな作業において、完成品ばかりを評価対象にするのは当然だろう。しかし過程の中で生まれた“消しかす的なもの”にこそ、自分だけのユニークさが宿る。どこを消して、どんな線を残したのか。それは誰にも真似できないプロセスの痕跡だ。だからこそ、自分が生み出した痕跡を意識して眺めることは、次のアイデアを呼び込むトリガーになる。
私は最近、仕事中にあえて消しゴムのかすを掃除せずに残しておくようにしている。一定の量がたまったら手で集め、その形を観察する。すると、不思議と頭の中が整理され、次に進むためのヒントが見えてくる。たとえば昨日は、丸めたかすの形が雲に似ていて「流動的に変化するプランもアリだ」と気づいた。今日は星屑のように散らばって「小さなタスクを輝かせる視点が必要だ」と思った。こんなふうに、自分だけの辞書のように読み解けるのが面白い。
もちろん、実際にはただのゴミかもしれない。けれど「ただのゴミ」と切り捨てるか、「ひとつの意味」として受け止めるかで、日常の豊かさは変わる。身の回りに散らばる何気ないものを、ちょっと違う角度から見てみる。その瞬間に、いつもと同じ景色がひっくり返り、思わぬ発想につながることがある。
だから私は今日も、机の隅にたまった小さなかすを手で集めながら眺める。それは私の失敗の証拠であり、試行錯誤のかけらであり、そして次のアイデアの種子なのだ。