それからまた一定期間経って、離婚保留から数年経った頃
モラハラが連休になると
子供たちをモラハラの家に泊まらせる
という、また新たな流れが始まりました
※モラハラは別居の際、実家へ帰ったため義母もいる環境
我が家とモラハラの別居は近い場所だったため
子どもたちのお泊りも簡単にできちゃう距離だったんです
それから私もモラハラと過ごす時間が
少しずつではありますが減っていってたので
だんだん洗脳が解けてきて
「誕生日会とか別に一緒にしなくてもいいのでは」
と、ふと思ったんですよね
私は、子供たちの誕生日当日は私と子供たちで我が家で祝って
その週末にモラハラはモラハラで祝えばいいじゃん
そう思ったんですね
子どもたちに一緒に祝った方がいいか、別でもいいか聞いてみたら
「別でいいよー!当日にお祝いしたい」
と、返ってきたので、いよいよ勇気を出して
「次の誕生日からは別々でお祝いさせていただきたいです」
と、申し出てみました、すると
「わかりました」
の一言
文面でのみのやりとりでしたが
私はこの申し出をするとき、本当に怖かったです
殺されるんじゃないかくらいの恐怖感が襲ってくるんですけど
でも、じゃあこのまま一生ずっと一緒にお祝いする?
って、自分に問いかけると
「 N o ! 」
と、自分の中から答えが出てくるので、ここはもう
怒鳴られるの覚悟で言うしかない
そう腹を括って申し出てました
こうやって、少しずつ少しずつ距離をとれるように自分でしていきました
それにつれて子どもたちが
モラハラと過ごしてる時間がだんだん多くなってきた頃
帰ってきて「楽しかったよ!」と言うときもありますが
「怒鳴られた」「悪くないのに怒られた」「叩かれた」
など、嫌な思いをしたって発言も目立つようになってきました
モラハラが、子供を呼びにわが家へ来ることも変わらずあったのですが
その時も、来てすぐに子供たちに機嫌の悪さをぶつけるような
強い口調、高圧的な態度が目立つときもあったので
この人は本当にずっと怒ってる人だな
そんな風に思ってました
だけど、子供たちは楽しいときもあったり、遊びに行く!
と、言ったりもしていたので、私も様子を見ながら行かせてはいたんですね
けど、それからだんだん
「行きたくない」と言う声も出てき始めました
なので、行きたくない子には
無理に行く必要ないから、行きたくなかったら行かなくてもいいよ
と、言って、行かない子も出てき始めました
それから、みんなモラハラと遊びに行く、ということがどんどん減って
時折、子供の口から
「離婚してほしい」
この言葉が出るようになりました
それでも、「今日は行ってみようかな」なんて出かけることを選択する日もあったり
「今日は楽しかった」って帰ってくる日もあったりで様子を見てたんだけど
だんだん頻繁に
「離婚してほしい」「離婚しないの?」
と、聞かれたり、言うことが増えてきて
なんでか聞いてみると
「怖いし、嫌だから」
「すぐ怒るし、人には色々言うくせに自分はやらないし」
「自分だってやってないのに、人に対してはお前が悪いんだろって怒ってくるし」
と、まぁ私がモラハラによって嫌な思いしてたのと同じ感じで
子どもたちも嫌な思いをしてしまったんですよね
当時、小学校低学年だった子どもの
胸倉を掴んで車に押し当てる
なんて怒り方をされたなんて話もあり、とても怖かったと思います
それで私は、子供たちに別居に至った経緯を打ち明けることにしました
その上で、どうするか子供たちとみんなで考えようと思いました