経営者の方とお会いする機会が多い仕事をしています。
その中で、ときどき考えることがあります。事業としては見事に成功しているのに、話していてもなんだか実態がつかめないような違和感が残る方に出会うことがあります。おそらく、「目的」や「思想」がどうしても見えてこない、ということが、私の中で引っかかるポイントなのかな、と思います。
批判をしたいわけではありません。ただ、この現象そのものが、けっこう面白い構造をしていると思っていて、今日はそれを整理してみます。
成功と人格は、別の軸にある
目的や思想がある人のことを、人格があると言い換えてみます。
まず前提として、市場は人格を評価していません。
事業の成否を決めているのは、「お金を払う人の必要に、供給を当てられたかどうか」です。思想の深さも、人としての誠実さも、この公式には入っていません。
つまり「人格があるのに成功していない人」と「人格がないのに成功している人」が両方存在するのは、当たり前のことなんですね。評価軸が違うものを同じ土俵で見てしまうから、不思議に見えるだけです。
なぜ「思想のない人」が成功できるのか
もう少し踏み込むと、いくつかの理由が重なっていると思います。
意思決定が速い。
数字を追いかける人は、迷いません。他者のために配慮する人が悩んでいる間に、もう3回は試している。深く思考し過ぎないことが、そのまま試行回数の多さになります。
弱点は組織が埋める。
事業はシステムです。本人が営業か、数字読みか、需要の察知か、どれか一つ強ければ、残りは人と仕組みで補えます。
ツケの請求書が、まだ届いていない。
人望のなさは、離職・後継者難・訴訟といった形で、5年後、10年後に出てきます。「今、成功している」というのは、あくまでスナップショットです。
違和感は、だいたい三つのかたちで出てくる
では、事業が伸びているかどうかとは別に、その方の「特徴」はどこに現れるのか。
私の感覚では、違和感を覚えるときはだいたい次の三つのどれかです。
一つ目。数字で確認できる結果を重視している。
売上、店舗数、フォロワー、時価総額。目に見えて比較できる指標が、目的化している状態です。人からの分かりやすい承認がエネルギーの供給源になっています。指標が満たされると次の指標に移るだけなので、何か大きな目的に向かう蓄積や、意義を必要としません。
二つ目。人を、条件や機能で見ている。
相手がどんな考えを持っているかではなく、どんな機能や条件を満たしているかで人を測る。だから、相手に合わせて自分の判断を変えるということが起きません。人を褒めるときや、内部の人を誰かに紹介するときの言葉づかいに、割と出ます。ビジネスの成果は、組織にいる人の協力ではなく、組織のスペックと捉えます。結果として、感謝よりも、パフォーマンスが多くなります。
三つ目。「要はこういうことでしょ」で全部たたむ。
話の詳細まで聞かず、自分の知っている型に当てはめて終わらせる。思想に興味がない人は、目に見えない情報を切り捨てています。自分の専門外の領域であっても「そういうものでしょ」、「それはセンスがない」などのワードで断定されるときは、たいてい、理解ではなくパターン認識です。ケースと抽象の行き来をしないため、原理を聞くと答えられません。
この三つは、実は全部繋がっていると思っています。
思想や目的、ミッションがないから、判断の基準が「数字が増えたか」しかない。人を目に見える肩書や条件で測る。自分の型に合わない情報は処理せず「要はこういうこと」で畳む。「世の中を変えたい」のではなく、「お金を払う人のニーズに供給を当てること」がゴールなので、とても理にかなっている訳です。
ハロー効果という、よくできた錯覚
それでも私たちは、成功している人を見ると「この人は考え方も振る舞いも素晴らしい人なのだろう」と思ってしまいます。
これは心理学でいうハロー効果です。一つの目立つ属性が、無関係な属性の評価まで引き上げてしまう。かなり古くから知られていて、そして、かなり頑固なバイアスです。
厄介なのは、周囲だけでなく本人もそれを信じてしまうことだと思います。
「ビジネスで成功した=自分は正しい」という等式ができあがると、中身を問われる機会がなくなります。周りも持ち上げるので、ますます強化されていく。事業が伸びたのが実力なのか、時流なのか、誰かのおかげなのか、本人も検証の機会がないまま、目に見える結果だけが残るからです。
では、「ちゃんと人格がある成功者」は何が違うのか
一方で、人格と努力と成果が揃っている方にも、もちろん出会います。
そういう方には、いくつか共通点があるように感じています。
・成功を運や他人への感謝、失敗を自分の判断に帰属させる
・短期の利益を捨てた選択することがある、過去にその経歴がある
・未解決の問いを持ち続けている(質問をたくさんするし、議論を好む)
・相手の肩書きで態度が変わらない
・KPIではなくプロセスをビジョン実現への原資として大切にしている
そして、こういう方はたいていスピードは遅いです。
他者への配慮は判断を慎重にしますし、努力は時間がかかりますし、構造を変える仕事は成果が出るまで長い。だから、揃っていない人のほうが先に目立ちます。ですが、後に残る蓄積の内容がまったく異なるのだと思っています。
見極めの軸は、やっぱり「何のために」やっているのか
私の仕事は、経営者の方の思考を整理して、制約がどこにあるかを見つけ、一つ一つを変革させていくことです。
この仕事をしていると、どうしても最初に確認せざるを得ないことがあります。「何のためにこの仕事をやっているのか」です。「業界の不均衡を取り除きたい」、「こんなことで苦しむ人を無くしたい」、「こんな世界にしたい」。
ここが定まっていないと、必要なアウトプットの選択肢が無数にできてしまうため、制約を特定できません。「売上を上げたい」だけでは、ゴールが定義されていないのとそんなに変わらないというか…。
これは仕事に限った話ではないのだと思っています。何を持っているかではなく、何のためにこの人は動いているか。条件で人を測る人なのか、相手の考えを聞いて、尊重や感謝を持てる人なのか。
自分の仕事を、目的で語れるか。
例えば、シェフは、料理を作る仕事ではなく、人に健康と喜びを与える仕事、みたいな。
意識しないと見逃してしまいそうな違いですが、たぶんそこが、一番大事な部分なのかな、と思います。
おわりに
成功しているかどうかと、中身があるかどうかは、別々に見る。
当たり前のようでいて、ハロー効果はそれを邪魔してきます。そして、それに気づかないままだと、判断の基準そのものが少しずつ歪んでいきます。
もし今、「すごい人なのに、なぜか違和感がある」と感じている方がいたら、その違和感のほうが正しいかもしれません。