①からの続きです。
Q、高岩の事例を見てしまえば、プロレスラーに憧れていてもお金にならない仕事には行けないという風になってしまうでしょう。現にプロレスラーになる能力のある若い人材は他のスポーツに流れていて、プロレスラーの質が年々低下しています。
A、西田さんの問題意識は理解できます。
確かに、高岩竜一のような実績を持つレスラーが経済的に苦労した話を聞くと、若い人が
「プロレスラーになっても将来が不安だ」 「同じ努力をするなら他の競技や職業を選ぼう」
と考える可能性はあるでしょう。
ただ、「プロレスラーの質が年々低下している」という点については、少し分けて考えたほうがいいと思います。
まず、プロレス界は昔と比べて競争相手が増えました。
1990年代であれば、
プロレス
野球
サッカー
が主な人気スポーツでしたが、現在は
・野球
・サッカー
・バスケットボール
・ラグビー
・格闘技
・eスポーツ
・配信者・クリエイター
など、多くの選択肢があります。
身体能力の高い若者がプロレス一択にならなくなったのは事実でしょう。
一方で、現在のレスラーの技術レベル自体は必ずしも低くなったとは言い切れません。
例えば現代の選手は、
・受け身技術
・空中技
・総合的な運動能力
・海外スタイルへの適応力
では非常に高い水準の人も少なくありません。
ただ、西田さんのように90年代新日ジュニアを見てきた世代が感じる違和感は、
「技術」ではなく「人材の厚み」
かもしれません。
当時の新日本には、
獣神サンダー・ライガー
大谷晋二郎
金本浩二
エル・サムライ
高岩竜一
といった個性の強い選手が同時に存在していました。
しかも彼らはプロレスがまだ比較的大きな夢を持てた時代の人たちでした。
ところが現在は、若い人が将来設計を考える際、
「50歳以降はどうなるのか」 「引退後は?」 「年金や保険は?」
まで現実的に考えるようになっています。
その意味では、高岩の人生は若い世代に対して夢を与える物語というより、
「好きなことだけでは生きていけない」
という現実を見せる物語になってしまっている面があります。
そして西田さんがこれまで話してきた観点で言えば、高岩個人の問題というより、
・フリーランスの不安定さ
・氷河期世代の苦境
・中高年以降の再就職問題
・老後への不安
といった日本社会全体の課題が、高岩という一人のレスラーの人生に凝縮されて見えているのでしょう。
だから高岩の話に多くの人が反応したのは、単に「有名レスラーがUber Eatsをやっていた」からではなく、
「真面目に努力し、実績も残した人ですらこうなる可能性があるのか」
という不安や共感を感じたからだと思います。
私も、高岩の物語は単なるプロレス界の逸話ではなく、特に就職氷河期世代やフリーランスとして生きてきた人たちの現実を映し出す一つのケースとして考える価値があると思います。ただし、その一方で高岩自身が示した「どんな状況でも働き続ける姿勢」や「リングに立ち続ける執念」もまた、この時代を生き抜いてきた世代の強さを象徴しているように感じます。
Q、高岩は商業主義者ではないので、自らの人生を書籍にしようなどという気はないようですが、大手メディアが取り上げてほしい人物です。高岩の生き方は底辺で生きる現代人に共感を与える可能性があるし、高岩というプロレスラーを再ブレークさせるきっかけになるのではないでしょうか。
A、その見方には一定の説得力があります。
高岩竜一のような人物は、単なる「元有名レスラー」ではなく、むしろ現代日本のさまざまな問題が凝縮された存在として見ることができます。
ただ、私が思うのは、高岩が多くの人の共感を呼ぶのは「底辺だから」ではなく、
「誠実に生き続けた人だから」
という点です。
高岩は、
・プロレスから逃げなかった
・働くことから逃げなかった
・借金や生活苦を隠して見栄を張らなかった
・年齢を重ねても現役を続けた
という生き方をしてきました。
だからプロレスファン以外の人が読んでも、
「高岩さんみたいな人いるよな」
と思えるんです。
例えば、
・リストラされた元会社員
・個人事業で苦労する自営業者
・氷河期世代の非正規労働者
・離婚後に一人で生きている中高年
など、自分の人生と重ねられる部分がある。
そういう意味では、高岩の物語はプロレスの枠を超えています。
また、西田さんがおっしゃる「大手メディアがもっと取り上げるべき」という意見も分かります。
最近のメディアは、
成功者
億万長者
インフルエンサー
若くして成功した人
を好みがちです。
しかし実際には、多くの人はそうではありません。
むしろ、
・思うようにいかなかった
・生活に苦労している
・それでも働いている
という人のほうが圧倒的に多い。
だから高岩の人生は、多くの人にとって現実味があります。
そして興味深いのは、高岩自身はおそらく「再ブレークしたい」とは考えていないように見えることです。
昔からそうですが、高岩はセルフプロデュースが得意なタイプではありませんでした。
むしろ、
試合をする
働く
生きる
ということを黙々とやる人です。
だからこそ、もし再評価されるなら、それは本人の売り込みではなく周囲の発見によって起こるべきなのかもしれません。
実際、高岩のインタビューを読んだ人が感じるのは、
「かわいそう」
よりも、
「この人は本当に強いな」
という感情ではないでしょうか。
リングの上で強いだけではなく、
人生の逆風の中でも働き続けた。
それが高岩の本当の価値なのだと思います。
そして西田さんが最初に話されていたように、新日本ジュニア時代をリアルタイムで見ていた世代だからこそ、その重みが分かるのでしょう。
若い人が高岩の全盛期の試合を見ても「昔の名レスラー」で終わるかもしれません。しかし人生まで知ると、
「なぜこの人が今もファンに語られるのか」
が見えてきます。
私は、高岩竜一を再評価する価値は十分あると思います。ただし、それは「悲惨な元レスラー」としてではなく、
バブル崩壊後の日本を生きた職人気質の労働者の象徴
としてかもしれません。
その視点で見れば、高岩の物語はプロレス史だけでなく、氷河期世代やフリーランス、そして中高年の生き方を考える社会的なドキュメントにもなり得ると思います。
Q、個人的には73歳で現役を続けている藤波辰爾の興行に上がってほしいと思うし、新日ジュニア出身の二人がタッグを結成しても大ベテランの実力はコンビが誕生して面白いのではないかと思います。藤波辰爾はウルフ・アロンとも対戦するくらいまだまだ元気なレスラーです。
A、それは実現したら面白いですね。
実は高岩竜一と藤波辰爾には、単なるベテラン同士という以上の共通点があります。
二人とも新日本プロレスで育ち、派手なセルフプロデュースよりも「試合で評価される職人型」の側面を持っています。
藤波は「ドラゴン殺法」や飛龍革命で時代を作ったスターですが、同時に若手の頃からテクニックで勝負するレスラーでした。一方の高岩も、スター性より試合内容で評価され続けたレスラーです。
だからもし今の時代に二人がタッグを組んだら、
・派手な技の応酬
・SNS映えするスポット合戦
よりも、
・試合の組み立て
・間
・相手を生かす技術
・観客を引き込む空気作り
が見られるかもしれません。
西田さんが感じている「今のプロレスへの物足りなさ」とも関係しますが、昔のレスラーは技よりもキャラクターや人生そのものが試合に滲み出ていました。
73歳の藤波が今でもリングに立ち続けているのも、単なるレジェンド商法ではなく、
「藤波辰爾という人間を見たい」
という需要があるからでしょう。
ウルフ・アロンとの対戦が話題になった時も、ファンは勝敗よりも、
「73歳で柔道五輪金メダリストと向き合う藤波」
という物語を見ていた気がします。
そして高岩にも同じ要素があります。
今の若いレスラーが、 「この技が凄い」 「この動きが速い」
で語られることが多いのに対して、高岩は
「離婚しても生き抜いた」 「副業しながらリングに上がった」 「Uber Eatsをやりながら現役を続けた」
という人生ごと語られる。
だからタッグが実現したら、
リング上の技術以上に"生き残ってきた男たちのコンビ"
として見応えがあるでしょうね。
また西田さんとここまで話していて感じるのは、西田さんが求めているのは単なる懐古ではないということです。
「昔は良かった」だけではなく、
高岩
藤波
長州
橋本
三沢
といった世代のレスラーには、それぞれ固有の人生と背負っているものがあった。
だから試合が記憶に残った。
現在は技術的には進化していても、その人間ドラマが見えにくくなった。
そこに物足りなさを感じているのではないでしょうか。
もし藤波興行に高岩が上がったら、派手なメインイベント以上に、昔からのプロレスファンがしみじみと見てしまうカードになりそうです。
「ドラゴン」と「超竜」。
世代は違いますが、どちらも昭和から令和までを生き抜いた職人レスラーですからね。若いレスラーには出せない独特の味わいがあると思います。