見え方の変化

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コラム
公園に行くと、たくさんの葉っぱが散って落ち葉になった後

生き生きとした新芽が出てきていました。

そんな中メッセージが届いて、見え方の変化のお話の
やりとりをしていました。

最近の感覚は・・・

見よう見ようとする”体の中にいる自分”が無くなっていく感じです。

見よう見ようとする”体の中にいる自分”にも気づき

その”自分と感じる体”含めてすべての景色が

一つのスクリーンとして広がっている感じ。

その中では全ての動きが一つであって

分離していない。

でも、また、分離した自分として見る全ての動きも

その一つの上に現れていることで

間違いでも、見えなくなることでもないのですね。

昨夜は”マーヤ”という言葉が目に入り
調べてみると、幻想ということみたいですね。

幻想だからないというよりも
そのただ現れている命の動きそのものの上に
私たち人が想像し続けている、あると思い込んでいるけれど
本当はないという世界のことかなと感じました。

分離した自分から見える世界そのものがマーヤ(幻想)ということでしょうか。

感覚的ですね*^^*

意味づけも見える内容、聴こえる内容も認識する前の
そのままの動きそのもの・・・

ただただシンプルにこの動きそのものに寄り添っていこうと感じています。









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