なにもないという楽さ

なにもないという楽さ

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コラム
おはようございます♪


何もない日っていいな。
予定も何もない日や、そんなひとときが好きです。


何もないようでいて、
どこか満ちているような感覚。


特別なことをするわけではないけれど、
”掃除したいな”が湧いてきたり、
”日記を書きたいな”が湧いてきたり。


そんな流れのまま、
今はパソコンの前に座っています。


動いても、動かなくても。
何かしても、しなくても。
どっちでもいい


先日、お金の使い方についてお話しする機会がありました。
「たくさん使えば入ってくる。」
「お金は貯めるとよどむ。」
「好きなものには惜しまず使う。」
こうすればよくて、こうしないほうがいい
お金には、いろいろな考え方がくっついていますね。


サラさんも以前は、そんな世界観に影響を受けて、
”こうするのが正しいのかな”と、その観念に縛られていた時期がありました。


でも、本当は「どうしたらいい」という正解はなかった・・・


使いたいものがあれば使えばいい。
使いたくなければ使わなくてもいい。
「もったいないなぁ」と感じながら払うことがあってもいい。
貯めたければ貯めてもいい。
なくなれば働くが起きるだろうし、
そのとき、そのときに生まれてくる様子でいい。


サラさんも、たくさんの知識や情報が、必ずしも正解ではないと気づいたとき、
ものすごく自由な心地が生まれました。


人の数だけ、いのちの現れ方があります。
そのとき、あなたがそう感じて、
そうすることが起きたのなら、
それがその瞬間の、いのちの表現なのでしょう。


無理に変えようとしなくてもいい。
無から生まれた、あなたやわたしという、
それぞれの表現があるだけです。


今日も何を思ってもいい。
何を感じてもいい。
どんな様子でもいい。


それは、あなたという個人を超えた、
いのちからの表現


自分の中にある見えないルールが緩んでくると
自分へのジャッジが自然と薄らいで
これでしかないのだと
とても楽な心地があることに触れたり・・・



そんなところから、今の自分を少し眺めてみると、
ほんの少し、
心に寛ぎが生まれるかもしれませんね(^_-)-☆








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