至福感・・・・
ただただ皆これを味わいたいだけなんですよね。
それが本質と言われたり、全体と言われたり、愛と言われたり・・・・
呼び名は様々だけど、その感覚。
これは、サラが動くから得るものではなくて、
それそのものの一部として、サラがそれを感じてるとき
起きてくる感覚。
至福を感じるために、大きな動きは必要ないのだと気づきます。
座ってこんな風に、パソコンを打つときも
その中にいて
それは消えることはないんだね。
さらに、動きが緩やかになる気がします。
何もしなくても、いつもいつも至福は消えることはないのだから・・・
何か表現することがあるのなら
自然とそこから湧いてくる・・・
今まで私たちが望み求めてきたような、大きな何かとはちがうかもしれませんが
ささやかな響き・・・
それは特別な何かである必要はなかったのです。
頭で考えて動くのではない
サラがしようとするのではない
全体からの静かでまた、確信的な囁き。
私たちはだただた存在すればいい。
今ここで
ゆったりと寛いでいればいいんだね。
自然と起きてくる動きに任せて
全体からの囁きに体全体を通してそれに耳を澄ませながら
体で聴く・・・感じる。
そんな心地。
でもね、考えが起きてそこに入り込んでしまうと
靄がかかるように、それは消えてしまう・・・
それの中で考えも起きている・・・
そこに戻れるまでは
それが安心の場所
至福。