導仁です。
目が覚めた瞬間から、
頭のどこかで「ちゃんとしなきゃ」が鳴り始める朝があります。
今日も遅れないように。
今日こそ失敗しないように。
今日くらい、もう少しまともな自分でいたいように。
まだ体は起ききっていないのに、
心だけが先に背筋を伸ばしてしまう。
そんな朝です。
「ちゃんとしなきゃ」が強くなるとき、
同時に弱くなるものがあります。
それは、自分に向ける優しさです。
少しくらい寝坊しても仕方ないよね。
昨日あれだけ頑張ったんだから、今日はゆっくりでもいいよね。
そうやって自分をなだめる言葉が、
急に頼りなく感じてしまう朝。
許したら、全部崩れてしまいそうで。
甘くしたら、取り返しがつかない気がして。
だから、自分に厳しくするしかないような気がしてしまう。
でも、「ちゃんとしなきゃ」と自分を追い込んでいるとき、
もうすでにじゅうぶん、ちゃんとやってきていることが多いのだと思います。
目立たない努力や、人には見せてこなかった我慢。
人のために気を遣って、空気を読んで、場を壊さないようにしてきたこと。
それでもなお「まだ足りない」と感じてしまうのは、
自分の中にある「優しさの基準」が、人一倍高いからかもしれません。
今朝もし、
自分に向ける優しさが少し不足しているように感じるなら。
「甘やかす」と「守る」を、
静かに分けてみる時間をとってもいいのだと思います。
何もかも放り出すことは、
たぶん、今のあなたは望んでいないはずです。
ちゃんとやりたい思いも、責任を果たしたい気持ちも、
大切にしているからこそ、こうして朝から自分に厳しくなってしまう。
だからこそ、せめて今日くらいは、
「壊れないためのゆるさ」を、少しだけ足してあげてもいいのではないかと思います。
完璧な朝ごはんじゃなくてもいいから、何か一口だけ自分のために食べてみる。
通勤の道で、「自分を責めない時間」をほんの少しだけ設けてみる。
これは、自分を甘やかすためではなく、
今日を乗り切るための、ささやかな安全装置です。
あなた自身がすでに、じゅうぶん頑張る人だから。
その頑張りが自分を削り過ぎないように、
少しだけクッションを置くイメージです。
世の中には、「自分に厳しく」「もっとストイックに」という言葉が溢れています。
それ自体が悪いわけではないし、必要な場面も確かにある。
でも、「自分に優しく」という言葉が、
単なる甘さだと誤解されてしまうことも少なくありません。
私が思う「自分に優しくする」は、
何もかも許してしまうことではなく、
「大事なものを守るために、無理をしすぎない」という選び方です。
自分の体、自分の心、自分の生活。
それを守るためのゆるさは、決して弱さではなくて、
続けていくための力だと考えています。
「ちゃんとしなきゃ」に押される朝に、
自分への優しさを完全に手放してしまうと、
いつかどこかで、強さのほうが先に折れてしまいます。
だからこそ今日くらいは、
全部を片付ける代わりに「ここだけは守る」を一つ決めてみる。
理想の自分になる代わりに、「今の自分を少し楽にする」を選んでみる。
そんな朝でもいいのだと思います。
どれだけ厳しくしても、「もっとできたはず」は、きっといつまでも出てきます。
その代わりに、
「ここまでよくやってるよね」と、
今の自分に一つだけ肯定の言葉を手渡すこと。
それが、今日のあなたにできる、
最初の一歩かもしれません。
導仁より。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
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