導仁です。
朝、目が覚めたとき。
ふと「こんなはずじゃなかったな」と思うことはありませんか。
昔思い描いていた理想の自分。
頭の中にある「こうなれたらいいな」という未来。
それと、今目の前にある現実とのあいだに、
じわっと距離を感じてしまう朝。
やりたいことが全然違うわけでも、
今が最悪なわけでもないのに。
どこかで「もっと別の人生があったんじゃないか」と、
ちらっとよぎってしまう。
そんな朝に、私たちはよく立っています。
理想と現実のあいだにいるとき、
自分を責める材料は簡単に見つかります。
もっと頑張れたはず。もっと早く動けたはず。
もっと賢く選べたはず。もっと違う努力をしておけばよかったはず。
「〜したはず」の連続は、
あっという間に「今の自分は足りない」に変わってしまいます。
でも、その「はず」は、必ずしも真実ではないのだと思います。
選べなかったことにも、動けなかったことにも、
それぞれそのときなりの理由や、
守らなければならなかった何かがあったはずです。
理想と現実のあいだにいる朝は、
その全部を一度に評価しようとしないほうが、おそらく健全です。
遠くに見える光が見えなくなる朝もあります。
未来の輪郭がぼんやりして、
「自分はいったいどこに向かっているんだろう」と
分からなくなるタイミング。
でも、光がはっきり見えない朝にも、やれることは残っています。
それは「理想を決め直す」ことではなく、
「今日の現実の中で、自分を少し楽にしてあげること」を考えることです。
今朝、もしあなたが
理想と現実のあいだで立ち尽くしているような気持ちなら。
いったん、「これからどうなりたいか」を考えるのをやめてもいいのだと思います。
代わりに、「今日をどう過ごしたいか」だけを静かに選んでみる。
仕事に向かう前の30分を少しだけ自分のために使ってみたり、
いつもより一つだけタスクを減らして呼吸を整える余裕を残しておいたり。
"この先10年"ではなく"今日"に視点を戻してみると、
理想と現実のあいだの距離は、少し短く感じられることがあります。
理想を持つことは大切です。
それがあるからこそ、私たちは少しずつ変わっていける。
でも、理想ばかりを見ていると、
今の自分に対して厳しくなりすぎてしまうこともあります。
今日くらいは、
理想に近づくための自分ではなく、
現実の中でよくやっている自分に、目を向けてみてもいいのかもしれません。
昨日まで続けてきたこと。
今の生活の中で守れているもの。
大きくは変わっていなくても、確かに積み上がっている小さな選択。
それらを「当たり前」と流してしまうか、
「これは今の自分が持っているもの」と認めてみるかで、
今日の体の軽さが変わってきます。
理想と現実の狭間で、動きづらくなる朝は、誰にでも訪れます。
そんな朝にできることは、
自分の未来を一気に決め直すことではなく、
「今日の自分を、少しだけ居心地よくしてあげる」という小さな調整です。
導仁より。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
もし今、誰かに話してみたいと思うことがあれば、小さな相談場所を用意しています。
整理できていなくても、言葉にならなくても、大丈夫です。