もう終わったはずのことが、まだ心のどこかで続いている

もう終わったはずのことが、まだ心のどこかで続いている

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導仁です。
「もう終わったこと」と、自分では思っているのに。

心のどこかでは、まだその続きが静かに伸びている朝があります。
ふと目が覚めたとき、

最初に浮かぶのが今日の予定ではなく、

本当は終わったはずのあの出来事だったりする。
もう会わないと決めた人のこと。

やめると決めた働き方や場所のこと。

自分の中で区切りをつけたつもりの選択のこと。
「もうあれは過去の話だから」と

言葉の上では片をつけているのに、

心だけは、まだ少しその手前に立っているような感覚。
そんな朝は、ときどき訪れます。
私たちはつい、

「終わらせること」をきれいにやりたくなります。
はっきりと別れを告げること。

きっぱりとやめること。

二度と振り返らないと決めること。
そうできない自分を見つけると、

「弱いのかな」「未練がましいのかな」と

自分を責めてしまいがちです。
でも、本当はきっと、

心のほうが「現実よりゆっくり動く」だけなのだと思います。
生活のほうが先に進んで、

心が少し遅れてついてくる。
そのわずかな時間差の中で、

「もう終わったはずのことが、まだ続いている朝」は

生まれるのかもしれません。
たとえば、もう終わった恋のこと。
連絡先は消したし、

会うこともないとわかっているのに。

通勤途中の景色や、誰かの一言に触れたとき、

ふいにその人の笑い方を思い出してしまう。
たとえば、辞めた職場や、手放した働き方のこと。
もう戻るつもりはない。

今のほうが自分に合っているとも思う。

それでも、あの頃の自分を

ふと思い出して、羨ましくなったりもする。
終わったはずのことを思い出すたびに、

「これじゃ前に進めていない」と感じてしまいますが、

本当はそうとも限りません。
過去を思い出すことと、

そこに戻りたいと思っていることは、

同じではないからです。
心は、

「終わり」を一回で飲み込めるようには

できていないのかもしれません。
頭の中で「もう終わりだ」と決めたあと、

感情や身体は、少しずつその決定をなぞりながら、

現実に追いついていく。
その途中でふいに、

過去のワンシーンに足を取られてしまう朝があるのは、

とても自然なことのように思います。
だからもし今、

「もう終わったはずのこと」が

まだかすかに続いている感じがあっても。
それを理由に、

自分を急いで切り替えさせなくても大丈夫です。
多くの場合、

戻りたいわけではなくて、

あの頃の自分が持っていた何かを、

これからにも連れていきたいだけだったりします。
もう終わったはずのことが、まだ心のどこかで続いている。

それは「終わっていないからダメ」なのではなくて、

「大事だったからこそ、ゆっくり終わっていく」ということでもあります。
強制的に幕を引くのではなく、

舞台の照明が少しずつ暗くなっていくように、

心の中のワンシーンも、少しずつ遠ざかっていく。
その途中の朝に立っている自分を、

「まだ引きずっている」と責めるよりも、

「それだけ大事な時間だったんだな」と

一度だけ認めてあげてほしいのです。
今朝、もしあなたの中で、

もう終わったはずの何かが

まだ静かに脈打っているのだとしたら。
「まだ終わらせられていない自分」ではなく、

「大切だったものを、丁寧に手放そうとしている自分」として

見てあげてください。
終わりは、ある日突然きれいに切れるものばかりではありません。
ゆっくり、ゆっくりと、

今日と明日のあいだに溶けていく終わり方もある。
そんな終わり方の途中にいる自分を、

今朝は少しだけ、許してあげてください。
導仁より。


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