前回の記事では、5年間シャドーイングを続けてもリスニングが伸びなかった英語学習者の話を紹介しました。
発音は上達したのに、話の中身が理解できない──そんな現象を、英語初心者の視点から整理しました。
今回は、その先にいる中級以上の英語学習者(ここではTOEIC 600点以上)向けの話です。
TOEIC600点を超え、外国人ともある程度コミュニケーションがとれ、英語学習者向けのリスニング教材ならだいたい分かる。そんな英語学習者のなかには、今も毎日シャドーイングを続けている人が少なくありません。
「中級以上になったら、さらにハードなシャドーイングをやるべき」──英語学習のYouTube、スクール、note、添削アプリは、いまでも「プロ通訳者の基礎訓練法」と謳っています。
しかし、その「プロの訓練法」という看板の裏側を、歴史と研究の両方から見てみると、意外な絵が浮かび上がります。
・シャドーイングは、もともと一般の英語学習者のための方法ではなかった
・日本で一般学習法として作り替えられ、やがて世界に広まった
・そしてプロの通訳の世界ですら、その効果は限定的と評価されている
この3点を押さえると、「中級以上の英語学習者が毎日シャドーイングを続ける必要があるのか」という問いへの答えが、だいぶはっきりしてきます。
シャドーイングは、そもそも「英語学習法」ではなかった
第一幕:心理学の実験道具
「シャドーイング(追唱)」という手法は、1950年代、認知心理学者コリン・チェリー(Colin Cherry)が「カクテルパーティー効果」[1]を研究するために考案したものです。
被験者に片方の耳から流れる音声を追唱させ、人間の「注意」と「記憶」がどう働くかを測る──学習法ではなく、実験の道具でした。
1973年、ウィリアム・マーズレン=ウィルソン(William Marslen-Wilson)が科学雑誌『Nature』に発表した研究[2]でも、シャドーイングが言語処理の仕組みを解明するための手段として使われています。
英語を伸ばすための学習法ではありませんでした。
第二幕:同時通訳者の訓練法へ
その後、この「聞きながら同時に話す」という手法が、同時通訳者を育てるための基礎訓練に転用されました。
通訳者に必要なのは、聞く処理と話す処理を並行して走らせる能力──いわゆる「耳と口の分化」です。
シャドーイングは、そのための練習として世界各地の通訳養成機関で使われるようになりました。
1992年、通訳研究者シルヴィ・ランベール(Sylvie Lambert)は、シャドーイングを「提示された音声を、即座に声に出して追いかける聴覚追跡課題」と定義しました[3]。
ただし、通訳教育の本場・欧米では、1980年代後半から評価が下がり始めています。理由は後述します。
第三幕:日本で「一般英語学習法」に変身
そして、ここが今回の核心です。
シャドーイングを「一般の英語学習者向けの練習法」として体系化し、広めたのは、ほぼ日本だけでした。
1992年、高校教員だった玉井健氏が、通訳養成校「インター大阪」でシャドーイングと出会い、英語リスニング指導法として教育現場に持ち込んだのが、学術的な出発点とされています[4]。
国際的な第二言語習得研究のレビュー(Hamada, 2019)も、こう明記しています。
1992年、もともと同時通訳者の訓練手法であったシャドーイングが、リスニングの教授法として日本のEFL(外国語としての英語)教育の現場に導入された。
1990年代まで、シャドーイングは通訳業界と研究者の間の専門技法にすぎず、一般学習者にはほぼ無名でした。
転機は2000年代です。
・2003年『はじめてのシャドーイング─プロ通訳者の基礎訓練法で、英語の"音"感覚が飛躍的に身につく─』(鳥飼玖美子監修・玉井健ほか)
・2004年〜『決定版 英語シャドーイング』(門田修平・玉井健、コスモピア)
・TOEIC・TOEFLブーム
この流れで、シャドーイングは日本中の英語学習者の定番になりました。
第四幕:日本発の学習法として、世界へ
皮肉なことに、通訳教育の本家・欧米でシャドーイングが縮小・再定義されていた時期に、日本で英語学習法として開花したのです[5]。
2010年代以降、シャドーイングに関する研究の大半は日本で発表され、台湾・韓国など東アジアに広がり、近年ようやく国際的に認知され始めました[4]。
つまり、多くの学習者が「世界標準の英語学習法」だと信じているシャドーイングは、
1. もともと心理学の実験方法
2. 同時通訳者の基礎訓練に転用
3. 日本で一般英語学習法に作り替え
4. その後、日本発の学習法として海外に広まった
という、かなり特殊な系譜を持っています。
「世界共通の英語学習の定番」ではなく、日本発の通訳訓練法の一般応用──これが、シャドーイングの正体です。
プロの世界でも、シャドーイングは「限定的」
「プロ通訳者の訓練法だから効果がある」──シャドーイング推奨派が最もよく使う論拠が、これです。
しかし、通訳教育の現場を調べると、プロの世界ですらシャドーイングの位置づけは「限定的」であることがわかります。
欧米の通訳教育界:1980年代後半から冷遇
パリの通訳養成機関ESITを中心とする「意味の理論」派の通訳教育者、ダニカ・セレスコヴィッチ(Danica Seleskovitch)とマリアンヌ・レデレ(Marianne Lederer)は、シャドーイングを批判しました[6]。
通訳とは「理解 ➞ 言葉の形を捨てて意味だけを取り出す ➞ 別の言語で再表現する」というプロセスです。
ところがシャドーイングは、聞こえた言語の音をそのまま追唱する作業です。つまり、通訳の核心である「意味の取り出し」とは正反対のことをさせている、という批判です。
彼女たちは、経験の浅い通訳者がこの訓練を続けると、元の言語の構造に縛られ、オウム返しの癖がつくと警告しました。
さらに、この種の練習を「自然に反する練習」と呼んでいます。
瀧澤正己氏(北陸大学)の調査によれば、1980年代後半から欧米の通訳養成機関では、こうした批判を受けてシャドーイングの活用は以前ほどされなくなりました[5]。
日本の通訳教育界:使うが、通訳能力は直接鍛えない
日本では、サイマル・アカデミー、ISS、インタースクールなどの通訳養成校で、今もシャドーイングは基礎演習として使われています。
ただし、日本の通訳教育研究者の間でも、評価は割れています。
染谷泰正氏(青山学院大学)は、同時通訳の基礎訓練としてのシャドーイングには一貫して否定的です。一方で、リズムやイントネーションの養成には非常に有効だとしています[7]。
瀧澤正己氏は、通訳訓練法を大きく2つに分類しています[5]。
1. 発話力強化:リズム、イントネーション、発音
2. 通訳技能取得:要約、メモ取り、逐次・同時通訳
※シャドーイングは、発話力強化に分類され通訳技能とはみなされてません
つまり、日本の通訳教育のプロたちの間でも、シャドーイングは「通訳スキルを直接鍛える道具」ではなく、発話力(とくに音)の強化道具として位置づけられているのです。
通訳研究から見た「限界」
同時通訳の研究では、通訳者は「聞く」「意味を理解する」「記憶する」「別の言語で話す」といった複数の処理を、限られた脳の処理能力のなかで同時にこなしています[8]。
この観点からシャドーイングを見ると、役割はかなりはっきりします。
シャドーイングが鍛えうるもの:
・聞きながら話す協調能力(耳と口の分化)
・音声知覚の自動化
・発話のスピードと流暢さ
シャドーイングが鍛えないもの:
・意味の分析
・言語間の変換
・通訳の中核能力
NATO上級通訳者のChris Guichot de Fortis(クリス・ギショー・ド・フォルティス)でさえ、シャドーイングは同時通訳に必要な処理の多くを含む一方、欠けているのは言語を変換する部分だと認めています[9]。
さらに、わずかな時間差で同一言語を復唱する一般的なシャドーイングについては、「同時通訳の準備にはならない。発話速度・流暢性・音の模倣を高めるためのものにすぎない」と明言しています。
脳科学の研究でも、同時通訳中は意味を処理する脳の部位が活発に働くのに対し、シャドーイングではこの意味処理がほとんど起きないことが示されています。
2020年代の通訳教育における評価を一言でまとめるなら、こうなります[10]。
シャドーイングは「通訳の前段階・補助」であり、通訳能力そのものを育てる中核メソッドではない。
「プロもやっているから最強の英語学習法」──この論拠は、プロの世界を見ると、半分も成り立ちません。
結論:シャドーイングは「純粋な英語力」を伸ばす道具ではない
ここまでの話を整理すると、一つの結論にたどり着きます。
そもそもシャドーイングは「同時通訳者の訓練法」として認知されました
それは「聴きながら訳を出す」という特殊なマルチタスク処理を鍛えるためであり「純粋な英語力を伸ばすため」のツールではありません
シャドーイングが鍛えるのは、
・耳と口を同時に動かす協調能力
・音声知覚の自動化
・リズムやイントネーションの模倣
です。
一方、シャドーイングが鍛えないのは、
・意味の理解と統合
・文脈から内容を推測する力
・語彙・背景知識の拡張
・言語間の変換
──つまり、「英語力」そのものです。
この点を、シャドーイング研究の第一人者である玉井健氏自身が、早い段階から指摘しています。
玉井氏は、シャドーイングの上手さと実際の聴解力(TOEFL等)の関連が、期待ほど強くないことを示し、「シャドーイングが上手い=リスニング力が高い、という等式は成り立たない」と結論づけています[11]。
にもかかわらず、一般向け教材では「リスニングに抜群の効果」という単純化された言説に変換され、日本中、東アジア、そして世界に広がっていきました。
中上級者がシャドーイングをしても英語が上達しない理由
ここから先は、中級以上の英語学習者(TOEIC600点以上)に特化した話です。
前回の記事で触れた「5年間シャドーイングを続けてもリスニングが伸びなかった K-Frederic」は、発音こそ上がったものの、理解力はゼロのままでした。
中上級者の場合、症状はもっと深刻です。
発音も上達した。追唱もできる。でも、それ以上伸びない。
その理由は、大きく3つに集約できます。
① 形骸化:口だけが動く状態になる
中級以上の英語学習者は、意識しなくても英語の音がある程度クリアに聞こえます。
だからこそ、シャドーイングをしても脳への負荷がほとんどかからなくなります。
口だけがリズムに合わせて動き、頭の中では別のことを考えている──前回紹介した「お経化」は、中級以上の英語学習者にとっては最初から起きやすいのです。
「毎日30分シャドーイングしている」という学習している実感はある。
だが、脳は何も新しいことを学んでいない。
これが中上級者のシャドーイングが最も問題な理由です。
努力しているつもりなのに、成長が止まっている──気づきにくい、最も厄介なパターンです。
② 時間対効果が悪い
中上級者がさらに上を目指すとき、ボトルネックは「音が聞き取れない」ことではありません。
・専門分野の語彙
・文化的背景知識
・文脈から内容を推測する力
・速い雑談の中での要点把握
・含意・ニュアンスの読み取り
つまり、内容理解の深さです。
1分間に何百語も流れる音声を口で追いかけるシャドーイングに30分費やすより、同じ30分を多読・精聴・ディスカッション・専門書の読解に使った方が、中上級者にとっては英語力の向上が得られます。
シャドーイングは「英語の音に慣れる」練習です。
中級以上の英語学習者の課題は「英語の音に慣れる」段階を卒業しているのに、それでも同じ練習を続けている状態です。
③ 「聞こえない音を補う力」の訓練にならない
ネイティブスピーカーですら、すべての音を完璧に聞き取っているわけではありません。
会話の中で脱落したり弱くなったり連結したりした音は、文脈から脳内で瞬時に補完されています。
中上級者がネイティブの速い英語を理解するうえで、本当に必要なのは、この脳内で内容を組み立てる力です。
ところがシャドーイングは、聞こえた音を一字一句、口で追いかける練習です。
聞こえない音を「文脈から推測して補う」という、中上級者にとって重要なスキルの訓練機会を奪います。
むしろ、シャドーイングを続けることで「すべての音を拾わなければならない」という英語初心者向けの聴き方が固定化され、中上級者に必要な英語のリスニング・スキルが育たない──そういう構造になっています。
よくある反論:「やめたら発音が落ちるのでは?」
シャドーイングは、リズムや発音の模倣には一定の効果があります。
染谷泰正氏もその点では肯定しています[7]。
もし中級以上の英語学習者が「シャドーイングしないと発音を維持できない」レベルなら、それは発音の定着が完了していない可能性を示唆します。
シャドーイングで維持しているのは「模倣スキル」であって「体系化された発音」ではない、という見方もできます。
発音の維持・向上には、負荷の低いリピーティング(聞いてから真似る)や、意識的な発音練習、録音による自己チェックの方が、中級以上の英語学習者には適切です。
毎日30分のシャドーイングは、発音維持のために必要な時間ではありません。
なお、リピーティングとシャドーイングは似ていますが、決定的に違います。
シャドーイングは聞きながら同時に話す練習
リピーティングは一度聞いてからマネる練習
同時処理の負荷がまったく異なり、中級以上の英語学習者のリスニング向上という目的には、後者の方が合理的です。
あなたは「通訳者」を目指していますか?
シャドーイングの本来の目的は、「聞きながら別の言語に変換して話す」という、同時通訳者に特化した能力の養成です。
同時通訳者を目指しているなら、話は別です。
通訳養成校のカリキュラムに沿って、シャドーイングを含む段階的訓練を受けるべきでしょう。
(ただし、プロの世界でも「前段階・補助」止まりであることは忘れないでください)
しかし、一般の英語学習者──ビジネスで英語を使いたい、海外ドラマを字幕なしで見たい、ネイティブと深い議論がしたい──が、毎日シャドーイングを続ける必要がある理由は、研究や歴史をたどっても、見当たりません。
マラソン選手のインターバルトレーニングを、健康のためにウォーキングしたい一般市民が毎日実践するようなものです。
選手のメニューだから効果があるわけではなく、目的が違うのです。
おわりに
前回の記事では、英語初心者がシャドーイングで挫折する構造的理由を書きました。
今回は、その先にいるの中級以上の英語学習者(TOEIC 600点以上)へのメッセージです。
シャドーイングは、
・心理学の実験方法から生まれ
・同時通訳者の基礎訓練として転用され
・日本で一般英語学習法に作り替えられ
・通訳教育の本家では「前段階・補助」と評価され
純粋な英語力向上の道具ではない
──そういうメソッドです。
中級以上の英語学習者が毎日シャドーイングを続けても、英語力が頭打ちになる。
5年間続けてもリスニングが伸びなかった人がいる。
それは英語初心者だけの話ではありません。
次回予告
このシリーズでは、リスニング学習の常識を一つずつ検証していきます。
前回:初心者とシャドーイング──5年間続けてもリスニングが伸びない理由
今回:中上級者とシャドーイング──日本生まれの学習法の正体
次回:ディクテーション批判──シャドーイングと並ぶ「定番練習」の限界
その次:各トレーニング法と、錯聴を活用したリスニング法との比較
次回も、歴史と研究に基づいて、あなたの英語学習の選択肢を見直すきっかけをお届けします。
あなたは、まだシャドーイングを続けますか?
それとも、やめますか?
参考文献
[1] Cherry, C. S. (1953). Some experiments on the recognition of speech, with one and with two ears. Journal of the Acoustical Society of America, 25(5), 975–979.
[2] Marslen-Wilson, W. (1973). Linguistic structure and speech shadowing at very short latencies. Nature, 244, 522–523.
[3] Lambert, S. (1992). Aptitude testing for simultaneous interpretation. Meta, 37(2), 263–273.
[4] Hamada, Y. (2019). Shadowing: What is it? How to use it. Where will it go? RELC Journal, 50(3), 386–393.
[5] 瀧澤正己(1998)「通訳訓練法の英語学習への応用(1)―シャドーイング」北陸大学紀要 22号, 217–232.
[6] Seleskovitch, D. & Lederer, M. (1989). Pédagogie raisonnée de l'interprétation. Didier Érudition.
[7] 染谷泰正(1996)「通訳訓練手法とその一般語学学習への応用について」通訳理論研究 11号, 6巻2号, 27–44.
[8] Gile, D. (1995). Basic Concepts and Models for Interpreter and Translator Training. John Benjamins.
[9] Guichot de Fortis, C. (2011). Shadowing. Interpreter Training Resources. NATO.
[10] Rinne, T., Tommola, J., et al. (2000). The translating brain: Cerebral activation patterns during simultaneous interpreting. Neuroscience Letters, 294, 85–88.
[11] 玉井健(2005)『リスニング指導法としてのシャドーイングの効果に関する研究』風間書房.