私は私を信じる。私が私を助ける。

私は私を信じる。私が私を助ける。

記事
コラム
あの頃の私は、
ちゃんと笑っていたのに、
ちゃんとやっていたはずなのに、
心の奥ではずっと、何かが静かに悲鳴をあげていました。

「違う気がする」
「このままじゃだめな気がする」

その小さな声を、
私は何度も聞こえないふりをしてきたんだと思います。

大人だから。
ちゃんとしなきゃいけないから。
求められた役割を果たさなきゃいけないから。

そうやって、合わせて、飲み込んで、笑って。
その場をやり過ごすことが増えていきました。

本当は苦しいのに、
「大丈夫です」って言ってしまう。

本当は引っかかっているのに、
「やります」って飲み込んでしまう。

気づけば、
自分の心に沿って動くより、
その場に合わせて動くことのほうが増えていた気がします。

少しずつ、少しずつ、
私は自分の心を置いていってしまっていたのかもしれません。

でも、心ってすごいですね。

見ないふりをしても、
なかったことにはできない。

積み重なった違和感は、
ある日とうとう、静かに、でも確かに爆発しました。

誰が悪いとか。
何が正しいとか。
そういうことだけじゃなくて。

そのとき私の中に残ったのは、
たったひとつの気持ちでした。

私は私を信じる。
私が私を助ける。

もう、自分を置いていきたくない。
もう、自分の世界を誰にも邪魔させたくない。

そう思ったんです。

きっと私は、
ずっと外側に答えを探していたんだと思います。

わかってほしい。
認めてほしい。
ちゃんと見てほしい。

でも、本当に必要だったのは、
いちばん近くにいる自分が、
自分の声をちゃんと聞いてあげることだったのかもしれません。

そんな頃、何度も心に重なった曲がありました。

苦しいときほど、
その曲の中にある強さや問いかけが、
まるで自分に向けられているみたいに響きました。

どれだけ我慢してきたのか。
どれだけ自分を削ってきたのか。
流されるだけで終わるのか。
それとも、自分の心に沿って進むのか。

その問いに、
私はもうごまかせなくなっていました。

ここで終わりたくない。
このまま、自分じゃない誰かを演じるように生きたくない。

何度でも立ち上がって、
ちゃんと“私の人生”を生きたい。

そう思えたことが、
今の道につながっています。

今の私は、まだ途中です。

完璧でもないし、
何もかも叶ったわけでもありません。

それでも、前とは違います。

違和感をごまかしていた私じゃなくて、
ちゃんと自分の心を見ようとしている私。

誰かが助けてくれるのを待つだけじゃなく、
自分で自分を助けようとしている私。

あのとき感じた苦しさも、悔しさも、怒りも、
全部が無駄だったとは思いません。

むしろあれがあったから、
私はようやく気づけたのかもしれません。

本当に守りたかったものは、
外側の評価じゃなくて、
自分の心だったんだと。

だから私は、ここから進みます。

遠回りしてもいい。
何度立ち止まってもいい。

それでも私は、
私の心に沿って進んでいきたい。

私は私を信じる。
私が私を助ける。

そして、自分で創っていくこの世界を、
もう誰にも邪魔させません。

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