こんにちは、ほんわかです。今日は私が経験した大きな病気と、それを乗り越えられた理由についてお話ししたいと思います。
妊娠中毒症から高血圧の薬を服用し始めたのが私の持病との長い付き合いの始まりでした。30代前半には突然の頭痛と吐き気で救急搬送され、その時にMRIでいくつもの脳梗塞の痕が見つかりました。ただ、生活には大きな影響がなかったため、そのまま様子を見ることに。しかし、これが私の身体が発する小さなサインだったのかもしれません。
50代での突然の入院
50代前半、友人との約束を楽しみにしていた日の朝、右足の膝下に違和感を覚えました。血圧は高くなかったので大丈夫かな?と思い出かけましたが、翌日も違和感が続き、血圧が上昇していたため休日診療所に行きました。
「様子を見て」と診断されたものの、体調が明らかにいつもと違うと感じた私は、医師に強く訴え、大きな病院で診てもらえるようお願いしました。市内での受け入れ先はみつからず、最終的に近隣の市にある病院でMRIを受け、そのまま入院が決定。その知らせを聞いた瞬間、全身が震え、不安でいっぱいになりました。看護師さんが優しく声をかけてくださり、少しずつ落ち着きを取り戻したのを覚えています。
入院生活の始まり
入院後の1週間は点滴が続き、血管が細い私は手の甲に針を刺されました。薬が合わず、頭痛や体調不良が続く日々。トイレに行くにも看護師さんの付き添いが必要な状態でした。それでも、少しずつ薬が体に合うようになり、リハビリも進んでいきました。
家では主人と息子の生活で息子は高校を卒業し、就職して間もない頃のことだったので心配で心配でたまりませんでした。毎朝、7時にモーニングコールをかけていました。家に帰りたい気持ちは強く、担当医が「帰りたいんだよねぇ」と笑いながら話しかけてくれるたびに、「笑わないで!」と思ったものです。でも、その軽口のおかげで少し心が軽くなったのも事実です。
社会復帰への挑戦
2週間の入院を経て退院しましたが、「もう社会復帰は難しいかもしれない…」と不安がいっぱいでした。そんな時、勤務先の園長先生が「リハビリだと思って少しずつやってみたら?」という温かい一言に背中を押され、2ヶ月後、少しずつ仕事を再開し、園長先生の配慮で徐々に仕事量を増やしていきました。
見た目には後遺症はわからないため、気づかれていません。(といいながらもここで大公開!)毎日子どもたちからもらう笑顔や元気な姿が、私をどれほど救ってくれたかは言葉では表せないほどです。
子どもたちの力で前向きに
今も時々、健康への不安を感じることがありますが、子どもたちの無邪気な笑顔とエネルギーに支えられながら過ごしています。
病気や入院を通じて「元気でいることのありがたさ」を痛感しつつ、子どもたちと触れ合える毎日に感謝の気持ちを忘れたことはありません。
子どもたちは、私にとってかけがえのない存在です。これからも子どもたちの笑顔と元気に支えられながら、たくさんの愛情と感謝を返していきたいと思います。
読んでいただき、ありがとうございました。