静かな回復

静かな回復

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コラム
仕事に行かなくなって、まもなく1ヶ月になる。
先週くらいからやっと自分の中の回復が始まった。
TikTok見てて思ったけど、モラハラ夫の特徴のほとんどが社長に当てはまる。
モラハラの被害にあってたってことかと苦笑した。

先週くらいから、社長のことや、仕事のことを考えなくなってきた。
共有してたメールやスケジュールアプリもチェックしなくなったし、誰かに連絡しようかとか、そういうこともほとんど考えなくなった。
私の日常から消えていく。
彼らの日常からも私が消えていく。
それでいいと思う。

辞めて(正確にはまだ退職はしてないんだけど)から、買ってあった『嫌われる勇気』を読み始めてみた。
まだ読破してないけど、面白かった。
嫌われてもいいじゃないかという発想は、意識的にやってみるとだいぶ楽に過ごせる。
失敗とか、ミスとか、してはダメだと思ってた。
なんでダメかは考えてみたことがなかった。
できない人、とか、能力が低い人、と思われるのが嫌だった。
頼まれるということは、イコール期待に応えなくてはいけないんだと考えてた。
誰かよりできなかったという結果を残すことが嫌だった。
自分だけに焦点を当てて考えればいいと思ったら、できない言い訳を考えなくなった。
それだけで楽になった。

のんきな日常を過ごしてるせいか、考え方が違ってきてる。
「こんなことになるんだ?」
と、思うことがあった。
以前は注意されたり、否定気味なことを言われると、ムキになってた。
それでもミスが出て指摘されると、何に動揺してるのかわからないくらいテンパってた。
完璧な人は、人にも完璧を求める。
「お前はできない、できてない。」
と、力で押してくる。
言われた側は、「そうか、私はできてないんだ。」と、思い込むようになる。
指示された事以外に、その人の顔色をうかがう作業も増えるから余裕がなくなる。
そして抜ける、ミスになる。
完璧にやったところで、その人から出た指示をクリアさせただけで、それ以上にはならないし、その人に評価されても、それ以外の人にはどうかはわからない。
自分で考える、という作業が抜けてるから。
嫌われてもいいというか、できなくてもいいや、やらせたのはあの人で、私は今日ここが円滑に進んで無事に終わることに集中しようと思ってやってみた。
「何事も経験ですから。」
と、言えたのは、失敗してもいいや、できないかもしれない私にやらせた方が悪いと思うようにしたからだった。
以前の私なら、やだな、やだなと思いながらやってた。
送られてくる詳細な注意書きを、事前に目を通すことはやっても、段取りをシュミレーションしてみるなんて準備はあまりしてこなかった。
やれることをやって失敗するのはしょうがないだろうと思った。
完璧だったとは思わないし、やりきった感なんてまるでなかった。
身の丈、みたいなことだけは意識してた。
だから色んな人に助けを求めたし、協力してもらった。
その日の夜、先方から「一生懸命やってもらって、感謝しかないです。」と言われたと連絡がきた。
ミスしないように、とか、評価してもらわないと、とか、そういうことを全く考えてなかっただけに、意外だった。
それでわかった。
全ては自分がやるかやらないかで、それ以外は棚の上か、蚊帳の外に置いておいていいと。
パワーのある人は人を巻き込む。
多くの人は、その中で回ってしまう。
というか、その方がある意味楽だからだ。
パワーある人は目的がある。
こうしよう、ああしたいと。
その目的を達成することだけを考えてるから、周りを動かす。
視点が違ってたんだなと思った。

私には信念がない。
こうなればいいな、こうしてみたいな、くらいしかない。
成功者の書いた本には、必ずと言っていいほど、具体的に目標を設定することとある。
それでも「こうじゃだめなんだろうな~。」くらいにしか考えないし、パワースポットにでも行ってみるか、とか考えてしまう。(笑)






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