Xの大きな悩みの一つと、私は向き合っていた。
それはやはり、エンパスであり、
エンパスダメージを発生させる、私の両親、
すなわち、Xにとっての義両親との「関係」である。
Xは語る。
「ああいう人たちも大丈夫になるように、
怖いって感じないように
変わらないといけないんじゃないかな」
「そうじゃないと、今ここで逃げても、
また同じような人が現れるだけなんじゃないかな」
「だから、克服しないといけないんじゃないかな」
それに対し、
私は色んな話をした記憶がある。
「なにか相手を変えられると希望をいだいているんじゃないか」とか、
「ああいう人たちのためにXが変わったとして、
ああいう人たちのために生きていくわけじゃないよね?」とか、
「ああいう人たちからは逃げて、
本当に価値を提供すべき人たちのために、
時間を使うほうがいいんじゃないか」とか、
しかし、なかなかどれも響かない。
Xの疑問は晴れないまま。
そんななかでも日々エンパスダメージは受け続ける。
階下で音がするたび、Xは不可解な、さまざまな痛みを覚える。
嫌な感情を覚える。苛立つ。不安になる。
そんななか、いったい何をきっかけにしてそこに至ったのか、
私にもわからないが、
4月も終わろうかというあるとき、一つの突破口を開いた。
私「思ったんだけど、外の人たちと、あの人達の違いって、
時代だよね」
自分で言うのもなんだが、
私の奇妙な語り口に、
さすがにXも慣れてきている。
「たしかに!」
我々がそこで共通認識としたのは、
以下のようなことだった。
・義両親はとても古いと感じる
・そのふるさは昭和とか平成とかそんなレベルじゃない
・もっとプリミティブで、文明すら崩壊してしまったかのように見える
・これからは新しい人達のために、お互いが貢献していく
・時代の流れはとても早く、令和になってからはさらに加速していると感じている
・そうなると、ついていけない人との差はいつの間にか、果てしないものになったのではないか
言っては悪いかもしれないが、
私には両親が化石に見える
Xは、新しい時代へとても行きたがっている。
そこで私は言った。
「いつまでもあの人達のことで成長・克服しようとしていると、
時代においていかれちゃうよ」
「やだーーーーーー!!!!!」
その言い方がなんだか可愛らしくて、
笑ってしまった。
今なら何となく分かる。
Xは古い時代に取り残される人たちに、
後ろ髪を引かれてしまうのだ。
私はどこかドライだし、
自分の両親を、家族のように感じたことが、
生まれてこの方一度もないので、
さっさと見捨てるべきだと思っている。
(そのほうが、Xのためだけじゃなく、両親のためにもなると、
割とホンキで思っている。そもそも家族のように感じるということも、
Xと生活するようになってから初めて理解した感覚であった。)
でも、実の家族ですらないXのほうが、
そんな人達を見捨てられないのだから、
情というものは、やはり不可思議なシステムである。
「きっとさ、これから先には、
Xのことを温かく迎えてくれる新しい時代の若い人達がいるよ。
早くこないかなって待ってると思うよ」
少し晴れやかな顔になったXが言う。
「新しい時代に行きたい」
古い時代に残る人にも、
残る人の事情がある。
見捨てるのではなく、
その選択を尊重することだといえば、
それでも詭弁に聞こえるだろうか。
古い荷物を下ろせば、
新しい宝を持つことができる。
そろそろ、旅立つ時が来たのだろう。
Xの最後の荷物が降ろされた気がした。