ある男性とのやり取りで、
旅行の話になった。
彼は、ひとつの場所をじっくり楽しむタイプらしい。
同じ景色をゆっくり眺める。
一か所の滞在時間も長め。
気に入ったお店があれば、翌日もまた行くのもいい、と言う。
私はというと、つい予定を詰めたくなるほう。
普段なかなか行けない場所だからこそ、
あの神社も、この市場も、展望台も行ってみたい。
スマホで地図を開いて、効率よく回るルートを考えてしまう。
そのとき、ふっと心に浮かんだ。
「…合わないかも」
価値観の違い、ってやつだろうか。
旅のスタイルが違うのは、意外と大事かもしれない。
非日常だからこそ、
感覚が似ているほうが楽なのではとも思った。
でも、ふと立ち止まる。
もしこれが、別の人だったら?
同じ“じっくり派”でも、
その人のことを大切に思っていて、
自然と寄り添いたいと思える相手だったら。
私はきっと、笑って言う。
「いいよ、ゆっくりしようか」って。
あれ?
違いを許しているというより、
一緒に味わいたいと思っている自分に気づく。
価値観って、
違いそのものが問題なんじゃないのかもしれない。
大事なのは、
私が無理をしていないかどうか。
合わせることが苦しいのか、
それとも自然に歩幅をゆるめられるのか。
本当は、
“誰といるか”のほうが、ずっと大きい。
その人の空気や安心感。
隣にいるときの自分の表情。
自分を小さくしなくてもいい関係。
それがあるなら、
旅の仕方なんて、いくらでも変わる。
旅だけじゃなくても
私は、違いに怯えなくていい。
「私はこうじゃなきゃ嫌だ」も大事。
でも、
「そんな見方もあるんだな」
と思える余裕も、持っていたい。
だから、
ちゃんと感じて、
ちゃんと選べばいい。
そう思ったら、
少し背筋が伸びた。
人生は、
まだまだ面白くなる。