人は誰でも「面白くないものを見つける」能力と、「ワクワクするものを見つける」能力の両方を持っています。あなたは、どちらの能力の方が得意だと思いますか?
もし今「自分の人生はつまらない」と感じているなら、それはあなたがワクワクするものを発見する能力よりも、面白くないものを見つける能力の方が上手だからです。「つまらないもの発見の達人」は、どこにいても、どんな才能を持っていても、結果的につまらない人生を送ることになってしまいます。
とてもシンプルな話です。
この世界には、「面白くないもの」と「ワクワクするもの」の2種類が存在します。それは、ワクワクするものが面白くないものを生み出し、面白くないことがワクワクすることを生み出すからです。お互いが、相手の存在があるからこそ存在できるのです。片方が消えると、もう片方も消えてしまいます。これが、この物質世界の基本的な仕組みなのです。
この世にワクワクするものがある限り、面白くないものがなくなることは永遠にありません。この世界が素晴らしいかどうかは、今の環境や状況で決まるのではなく、あなたがワクワクするものをいつも見つけて、そこに意識を向けているか、それとも面白くないものに意識を向けているかで決まります。
つまり、この世界が素晴らしいかどうかは、あなたの選択次第だということです。ワクワクするものを見つめて生きるか、面白くないものに焦点を当てて生きるか、そのどちらかしかないのです。
「これがないとつまらない」と思うのは、それがないとつまらないというあなたの限定的な思考によるものです。つまらないという事実があるわけではなく、「それがないとつまらない」とするあなたの考え方が、あなたをつまらない人生に導いているだけなのです。
つまらないのは、自分の持つ価値観によるものだと気づくと、人はつまらないことに意識が向かなくなってきます。
これまで人は、今いる場所がつまらなくなると、それが自分の考え方から起きていることに気づかないため、どこか別の何かを探し求めてきました。人は「進歩」と呼んで、いつもこれを繰り返してきました。
つまらなくなったとき、それは自分の考え方にあるのだから、自分の価値観を見直せばいいということを知らない人は、つまらない外の世界(実は幻の映像世界)を変えようと努力し、頑張ってきました。
そして望み通り別の映像(外部環境)を手に入れますが、その新しい映像(環境)の世界で、また別のつまらないものを発見していくというわけです。
**例えば、大学時代につまらないと感じていた人が「就職すれば楽しくなる」と思って会社に入る。しかし、しばらくすると今度は仕事がつまらないと感じるようになる。そこで「転職すれば変わる」と考えて別の会社に移る。でも結局、新しい職場でもまた不満を見つけてしまう。次は「結婚すれば幸せになる」「マイホームを買えば」「子どもができれば」と、次々に外側の変化を求め続ける。**
このような話を色々なところで聞き、色々な本で読んでいるので頭では分かっているのに腑に落ちていない人は、自分で学んだ知識を他人に当てはめるのが得意で、自分に適用することを忘れているようです。
「自分は分かっているが家族があるから」とか「彼がどうしても理解してくれない」と人は言います。でも、そんな家族も、そんな彼も、すべてあなたの心の内側以外には存在していないということをすぐに忘れてしまいます。あなたの目に映る彼なのですから、それはあなたの映像世界にあなたが映し出した幻影なのです。
真実はただ自分を変えるためにのみ存在します。あなたの世界はただあなたを変えるためにのみ存在します。あなたのスクリーンを書き換えるゲームは、そろそろ終わりにしませんか?
この世に「良いこと」と「悪いこと」はないということを受け入れているのに、自分の抱いている道徳的価値観をなかなか疑ってみようとはしません。あなたの中に「そんなことをするのは良くないことだ」という「こと」はありませんか?
そんな無条件に信じ込んでいる「いけないこと」を探してみてください。あなたの抱く「いけないこと」が人を裁き、自分を責めるのです。
あなたは創造するものです。何事であっても、人を裁いたり、責めたりする必要などありません。あなたはどんなことも、ただ体験し学んでいるだけです。あなたの目の前に起こってくる出来事は、ただあなたが自分の考え方に気づき、意識の変容が遂げられるようにと起こってきます。
瞬間、瞬間、創造行為にだけ意識を向け、どんなときも喜びの創造にあなたの意識を集中してください。あなたの自由は、創造することにおいての自由です。そのときあなたを邪魔する何者も存在しません。あなたは完全な自由を体感することでしょう。
人を裁いたり、責めたりしなくなったとき、あなたはその自由さゆえに光り輝きます。そのあなたの放つ光こそがあなたのすべての創造の材料(素材)となり、あなたの思いが実現します。光を放たない(つまり物質化の原材料の供給のできない)あなたが思いを実現できるはずもありません。
この物質世界のすべてが光によってできていることを思い出してください。あなたの望む現実は、あなたが放つ光を素材として形作られていくのです。
まず心を満たすところから始めてください。それはほんの一瞬でできることです。あなたをこの次元に留め束縛しているのは、あなたの「〜しなければならない」とする考え方です。こうしなければならない、あれをしなければ、という思いが、考え方が、今の自分を縛っています。
自分の考え方を手放したとき、「〜しなければならない」とする思いが消えたとき、肉体はこの三次元にありながら、神と一つになった新しい生活が始まります。
**あなたはこの次元に、必ずしも都合の良いことをするためだけに降りてきたわけではないはずです。何不自由のない無限の領域から、わざわざこの不自由な世界に降りてきたのには理由があります。それは体験してみたい何かがあったからです。それは無限に自由な世界では決して体感することのできなかったことであったはずです。**
**例えば、VRゲームで無敵モードで遊んでいた人が、あえて難易度の高いモードに挑戦するように。思うがままに生きていたあなたが体験できなかったこととは、まさに不自由さそのものではなかったでしょうか。思い通りにならないとは、一体どんな感覚なのだろうか? 好きでもないことをやらなければならないとき、どんな感じがするのだろうか? そんなもどかしいフィーリングを体験してみたかった…。そのことを私は思い出しました。**
今、気に入らないことがあったら、それを充分に感じ取り、そのフィーリングをこそ体験し尽くしてください。それがあなたの人生の目的なのです。それがあなたが今ここにいる理由なのです。あなたの仕事とは感じることです。
あなたの唯一の役割とは、あなたの「しなければならない」唯一のこととは、今、そこを体験し感じ取ることだと伝えられました。
好きなことはもちろん、好きでないことをこそ感じ取ってみてください。それを忌み嫌うことなく…。そこを感じ尽くし、味わい尽くしたとき、あなたにはもはやこの次元で体感するという学びがなくなり、次なる学びの場である次元環境があなたのために用意されることとなるようです。
それを可能にするのは、今そのままのあなたを認め、そのままの自分を心に抱き、無条件に自分をただ愛し尽くすこと、ただそれだけです。「これで完璧なのだ」と気づけば、ただそれだけであなたに変容が起こってきます。
今の自分ではダメだと思っているあなたが変容することはあり得ません。なぜなら、すべての創造主であるあなたが「自分はダメだ」とそう決めているのですから。
今、あなたはそのままで何も問題はありません。このことに例外はないようです。今、あなたがどんな意地悪な考えを持っていようとも…。そんな意地悪な考えが頭をよぎる自分を、「それでも良いのだ」とただ認め、そんな自分をそのまま条件をつけることなく愛してください。
しなければならないことがあるとするならば、あなたのしなければならないことはただそれだけです。どんな条件もつけず、今の目の前の人生をそのまま受け入れ、心に抱き、ただ自分を慈しみ愛してください。
今、あなたの目の前にあるものを愛することを通して、あなたはあなたの神と一つになります。あなたの源へと帰り着きます。これがあなたのするべきことであるといえるでしょう。
あなたは愛から生まれ、愛を通してのみ源と一つになります。それがすべての人のゴールです。
すべてのものに、どんな意味もつけることなく、愛することができたとき、そこがあなたの源。神の位置であり、源との融合の瞬間です。