最近、「海に眠るダイヤモンド」を見始めました。
軍艦島の歴史や、日本が辿ってきた激動の時代を背景にしたストーリー。
普通の人たちが翻弄される姿に、胸が締めつけられるような切なさを感じながらも、
ついつい見入ってしまうドラマです。
YouTubeをぼんやり眺めていたら、故・石原慎太郎さんの動画が流れてきました。
安倍元首相との最後の答弁や、石破茂さんとの過去の対談など、
どれも興味深くて思わず見続けてしまいました。
そういえば、少し前には新嘗祭もありましたね。
こんなことを思い出しながら、今日は「平和」について少し考えてみたくなりました。
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15年くらい前の話です。
私が東京・小川町で働いていたころ、
仕事帰りに同僚と飲みに行った神田の老舗居酒屋「みますや」。
そこで隣に座っていた年配の男性たちと話す機会がありました。
なんと彼ら、翌日には東京湾に停泊しているイージス艦に乗る予定だとか。
話を聞くと、元海軍の練習生だった方々で、
「もし来られるならチケットが2枚余ってるから乗らないか?」と誘われました。
でも、予定があって結局行けずじまい。
もしあのときイージス艦に乗っていたら、どんな景色を見て、
どんな話を聞けたのだろうと、今でも少しだけ気になっています。
その男性たちから、もう一ついただいたものがあります。
それが、特攻隊員の詩集。
突然のことでびっくりしたけど、私はその詩集を今でも大切に持っています。
普通なら、居酒屋でいきなり特攻隊の詩集を渡されたら、
少し重い話に感じるかもしれません。
でも、ちょうどその少し前に、
九州旅行で「知覧特攻平和会館」に行っていた私には、
むしろ偶然の巡り合わせのように思えました。
あのとき、戦時中の若者たちが残した手記や写真を目にして、
胸が苦しくなるような思いをしていたからです。
詩集に収められた言葉の一つひとつには、
それを残した人の人生が詰まっていて、
その人がどんな気持ちで筆をとったのかを想像すると、
何も言えなくなります。
また、詩集の中には、例えば飛行機に乗る直前に書いたものもあり…。
おそらくそれまで一生懸命考えても、どうしても言葉に出来なかった、
最後の瞬間まで本音を言えなかった人もいるのだろうと思うと、
その重さに心が震えるような気持ちでした。
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昭和生まれの私ですが、戦争を知らない平和な時代に育ったからこそ、
その場で彼らと話をしても、「すごいですね」とか「そうなんですか」としか
言えませんでした。そこにいるのがちょっと居た堪れなかったです。
知識はあっても、実感がないというのはこういうことなんだなと。
石原慎太郎さんが、
「自分たちの国を自分たちで守れなくなったら滅びる。
大事なのは、自分たちのことを自分で考え、決めていくことだ」
というようなことを話していましたが、それを聞いてふと思ったんです。
「国」という単位で考えるのは難しいけれど、
これを「自分自身」に置き換えたらよくわかるなって。
自分を大事にできないと心の平和は得られないし、
自分で物事を決められる強さがなければ、自信を失ってしまう。
それって最終的には、自分が何者なのかもわからなくなるってことなんじゃないかなと。
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国のことは考えきれなくても、まずは自分自身を大事にしながら生きていきたい。
そう思えるようになったのは、あの日「みますや」で出会った紳士たちとの出来事のおかげかもしれません。
そして今、当たり前にある毎日のありがたさも、ちゃんと噛みしめたいなと思います。
家族と一緒に過ごせること、美味しいご飯が食べられること、
暖かい布団で眠れること――それらがどれだけ幸せなことなのか、
すぐに忘れてしまうこと、、、
忘れてしまうことを、忘れずに過ごしていきたいです。
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現在、ホロスコープでは火星と冥王星がオポジションの角度をとっています。
自分というものを「表現」する人が増えています。
自国というものを「表現」する国が増えています。
その中で、主義主張といったものがそれぞれにぶつかり合い、
破壊と再生が起こる流れ。
非常に緊張感が高まっていると言えると思います。
私たちは、自分たちができること、
「祈り」であったり、「今目の前にある幸せ」を見つめることで
自分自身や周りの人たちと安心感を保っていきましょうね。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
※写真:John Kostyk