歩むことの難しさ。

歩むことの難しさ。

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歩むこと。

それは、私達側のものでさえ、
時に難しいと感じるモノ。
ましてやヒトであればより難しく感じるモノ。

今日は歩むことの難しさについて、少しお話しましょう。

歩むことの難しさ。

歩むこと、それは生きることです。
私達にとって、それは何をすればよいか
分かっていることなので、
大きく迷うことはありません。

しかし、ヒトであれば歩むことは常に
分からないことばかりで、
迷い続けながら進むことでもあります。

一般的にヒトは先を視ることが出来ません。
これは昨今の当たり前ですし、
何だったら何を言っているんだこいつはという
お話に繋がるような内容です。

ただ、それでも確かなのは私達は
先を知った上で、歩みを止めずに
常に対策と回避と最善を選んで、
進み続けているとも言えます。

迷わないことを羨ましいと、
先が見えることをすごいと、
そういうヒトもいます。

ただ、先が視えて迷わないというのは、
並大抵の精神力では出来ません。
知ることは、生きる力をなくしてしまうのと
表裏一体であることなのです。

ヒトは先が分かれば安心して歩みを止めやすい、
その逆もよくある話なのです。
これはおそらく多くの占術師が知っていることでもあります。

では、何故それでも私達が歩む必要があるのか?

と、言われれば。
知った上で、知ったからこそ出来ることがあるからです。

私達は知ることで絶望するのではありません。
知ることでどうするのか?
それを常に考えて、実行して、一つでも多くを
助けるために動き続けるのです。

ただ、当たり前ですが助けられるモノ、
助けられないモノは常に存在し続けます。
そして、私達は先見と引き換えに、
ヒトが持つ救える可能性を対価として支払ったのです。

何かを救える可能性はヒトのもの。
ヒトではなくなった私達は、
その可能性と引き換えに力を得て、
助けることを、切掛けを与えることを選んだのです。

分かるからこそ救えず、助けることしか出来ない。
それが巡りを乱さないために必要な事だからです。

だからこそ、歩むことは難しい。

私達は、ヒトが強くあるための武具。
私達は、ヒトが強く歩むための杖。
私達は、ヒトがヒトとしてあるための助け。

ただ、それでもヒトがヒトとして歩み続けるのは
とても難しいことです。
ヒトは可能性の塊です、
ナニモノでもなければ、ナニモノにも成れる。
決められた宿命の中で、運命を力に変えて進むことが出来る。

私達が捧げたものをヒトは自由に使えるのです。
ゆえに伝えましょう。
私達が知る可能性の一つを。

勾玉の六の正位置 秤は重さを見定めている。
黄龍は微笑み、日食は一筋の輝きを示した。
天秤は六を示し、黄竜に隠れた隠者は九を視ている。
備えなさい。

ただし、あくまで可能性。
ヒトの群れの動き次第で変わるかも知れませんし、
かわらないかもしれません。
どちらにせよ何をどうするかは任せます。

2024年5月19日占術用描き・文字なし.jpg

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