2021年8月20日
学習塾リバティ 木村友彦
小学生のころは野球少年だった。父が監督をする町内の野球チームで、日曜日が来るたびに小学校のグラウンドや、ときに浜辺で野球をした。
4、5年生の頃だったか。あこがれのジャイアンツ戦を見るために、父と二人で後楽園へ出かけた。ファールボールが飛んできたらキャッチするんだと、前の晩から用意したグローブをかかえて。
ナイターが終わっての家路。通勤客で混み合う地下鉄のシートに父と並んで座っていた。何もしゃべらない父と私。ゲームの興奮から冷めてふと気づくと、急に母が恋しくなった。大人の中に放り出された感じがして寂しくなった。涙までこぼれそうになった。
つい先日のこと。H君の涙を見て、昔の自分を思い出したのだ。
6年生なのに連立方程式の文章問題を解いているH君。好きで進んでいるのに、ふと気づくとむずかしい部分に突き当たったH君。大人への入口?「父なるもの」に触れた心の動き?彼の涙は、解らなくて流れた涙というのではなかったように思われる。
今では、自由の天空のような広さとすがすがしさが何とも心地よい。でも初めて経験する少年には、それは少しうら寒い感じがするものなのだろう。