人は感情や出来事に名前をつけます。
好き。苦手。攻撃的。
優しい。不安。安心。
心の庭を覗いてみると、
その言葉たちは最初から存在していたのではなくて
身体が受け取った感覚を、後から脳が翻訳した結果だよ
と教えてくれます。
胸が軽い。少し重たい。
どこかへ行きたくなる。靄がかかる。心があたたかくなる。
背中が押される。身体が縮こまる。
そんな小さな感覚の連続を、
私たちは「感情」や「性格」や「自分」と呼んでいるのかもしれません。
そして、その視点でホロスコープを見ると、
とても不思議な感覚になります。
天体を見ることは、未来を当てることではなく、
自分の奥で動いている大きな流れを観察すること。
それを体感できるようになりました。
天気は見える。
風が吹いて、雨が降って、寒い、暑い。
身体ですぐ感じられる。
でも天体は遠い。
遠すぎて見えない。だから普段は意識しない。
けれど、見えないから存在しないわけではない。
季節が巡り、昼と夜が巡り、
潮が満ち引きするように、私たちの内側にも、
目には見えないリズムが流れているのかもしれません。
ホロスコープは、その流れを見える形にした地図のように感じています。
面白いのは、同じ空の下でも、感じ方は人それぞれ違うこと。
ある人は、変化の時期にワクワクする。
ある人は、落ち着かなくなる。
ある人は、眠くなる。同じ配置を見ても、反応は違う。
なぜなら私たちは、ただ感覚を受け取っているのではなく、
「どの感覚を採用するか」を無意識に選んでいるから。
胸のざわつきを、
「危険」と読む人。
「挑戦」と読む人。
身体の重さを、
「怠け」と読む人。
「休息のサイン」と読む人。
同じ波でも、翻訳は違う。
そこには価値観や経験、守ってきたものや安心の形が映ります。
そして、最近思うのです。
これは天体だけの話ではないかもしれない。
人から受けるもの。場所から受けるもの。
食べるもの。音。光。植物。季節。
生きているもの。終わりを迎えたもの。
私たちは思っている以上に、身体で世界と会話している。
先に身体が受け取って、あとから思考が意味をつける。
だから「何を感じたか」より、
私はどの感覚を信じているんだろう?
を見つめることが、自分を知る入口なのかもしれません。
空を見上げる。風を感じる。胸の奥の小さな動きに気づく。
その繰り返しの中で、世界は切り離されたものではなく、
見えない糸で静かにつながっていたことに、少しずつ気づいていく。
そんな気がしています。
今日、あなたの身体は何を感じていますか?
そして、その中のどの感覚を、今採用していますか?
あなたのお庭、一緒にみつめてみませんか。