~今日の魔女の森から聴こえる言葉をあなたに~
人間の体には、不要なものを外へ出す機能が備わっている。
汗をかく。息を吐く。排泄をする。
当たり前すぎて意識しないけれど、私たちは常に何かを外へ出しながら生きている。
それならば、目に見えないものも同じなのではないだろうか。
感情や思考。言葉にならない違和感。説明できない重たさ。
そんなものもまた、どこかで排出され、循環しているのかもしれない。
私たちは何か嫌な感じがした時、つい原因を探そうとする。
あの人が悪いのかもしれない。
仕事のせいかもしれない。
お金の不安かもしれない。
けれど実際には、まだ何も起きていないことも多い。
ただ体が何かを感じ取っている。
雨が降る前の空気の変化を感じるように、
季節の移ろいを肌で感じるように、
私たちの体は思っている以上に多くのものを受け取っている。
思考はその後から追いかけてきて、「これは何だろう」と理由を探し始める。
だから時々、感じていることと起きていることは一致しない。
先に反応しているのは、いつも体の方なのだ。
面白いことに、その反応には癖がある。
頭にくる人。胃にくる人。胸が苦しくなる人。お腹が張る人。
同じ出来事でも、反応する場所は人によって違う。
それは体が、それぞれの言語で何かを伝えようとしている。
そして体には必ず入口と出口がある。
呼吸もそう。
吸うだけでは生きられない。吐くことが必要だ。
川もそう。流れ続けるから澄んでいる。
もし流れが止まれば、少しずつ淀んでいく。
それは人も同じ。
知識を入れる。感情を受け取る。言葉を聞く。
でも出口がなければ、どこかに溜まっていく。
反対に、循環しにくいものばかりを取り込めば、
流れは重たくなる。
それは食べ物だけの話ではない。
思考も、情報も、感情も同じだ。
すべては循環している。
そして、その循環は外側に現れる。
生き生きとした表情。柔らかな雰囲気。
どこか疲れた顔。
言葉にならない違和感。
私たちは無意識のうちに、
その人の中を流れているものを感じ取っている。
美しさもまた、循環の一つの姿。
この世界は何を入れるかよりも、何が流れているか。
何を持っているかよりも、何が巡っているか。
それをみてみよう。
人も自然も、きっと同じ。
生きているものは皆、循環することで生きている。
そして私たちは今日もまた、
何かを受け取り、何かを手放しながら、
静かに流れ続けているのだ。