「もっと幸せになりたい」
「理想の未来を引き寄せたい」
「波動を上げれば、現実が変わる」
スピリチュアルの世界では、そんな言葉をよく目にします。
私も、「未来を良くしたい」「今よりもっと幸せになりたい」と願うこと自体が悪いとは思いません。
でも最近、私はそのさらに先にあるものについて考えるようになりました。
そもそも、今の現実を変えなければ幸せになれないのでしょうか。
「変えたい」の奥にあるもの
「もっとお金があったら」
「もっと仕事がうまくいったら」
「もっと愛されたら」
「願いが叶ったら」
そう思っているとき、心の奥には、
「今のままでは足りない」
という感覚が隠れていることがあります。
もちろん、人生をより良くしようと行動することは素敵なことです。
ただ、
「これを手に入れなければ幸せになれない」
となった瞬間、願いは希望ではなく、苦しさに変わってしまうことがあります。
一つ叶ったら、また次。
もっと、もっと。
そうやって幸せを未来に置き続けていると、いつまでたっても「今」は不足したままです。
本当のスピリチュアルは「何かを手に入れること」だけではない
私は、本当の意味で心が自由になるということは、
現実を思い通りに動かせるようになることではなく、現実が思い通りにならなくても、自分の中に安心できる場所があること
なのではないかと思っています。
未来を変えてもいい。
夢を持ってもいい。
欲しいものを望んでもいい。
でも、
「変えなければならない」わけではない。
ここには大きな違いがあります。
「足るを知る」ということ
老子の言葉に「足るを知る」という考え方があります。
これは、夢を諦めることでも、何も行動しないことでもありません。
今ここにあるものを感じながら、それでも行きたい方向があれば歩いていく。
「これがないから私は不幸」ではなく、
「今もすでにある。そのうえで、私はこれを選びたい」
という感覚です。
この場所から選ぶ未来は、欠乏や焦りから必死につかみにいく未来とは、少し違って見えるのではないでしょうか。
グリーフを経験して、私が感じるようになったこと
大切なものを失う経験をすると、「自分の力ではどうにもできないこと」が人生にはあると突きつけられることがあります。
どれだけ願っても、どれだけ祈っても、元通りにはできないこともあります。
だからこそ私は、
現実を思い通りにすることだけが幸せなのではない
と思うようになりました。
変えられないものを抱えながらも、今日ここにあるものを感じる。
悲しみがあってもいい。
幸せを感じてもいい。
未来を望んでもいい。
何かを無理に変えようとしなくてもいい。
そんな場所に立てたとき、人は少しだけ自由になれるのかもしれません。
未来を創らなければならないのではなく、
今ここにいる自分から、自然に次の一歩が生まれてくる。
私は、そんな在り方も一つのスピリチュアルなのだと思っています。
そして今日も、何かを無理に変えようとしなくて大丈夫。
未来を心配したり、もっと幸せにならなければと焦ったりする前に、ほんの少しだけ立ち止まってみてください。
あなたの周りには、すでにあるもの。
あなたの中には、すでに持っているものがあります。
それに気づいたとき、
「足りないから幸せになる」のではなく、
「すでにある幸せの中から、次の人生を選んでいく」
という生き方に変わっていくのかもしれません。
未来は、無理に創らなくてもいい。
現実は、無理に変えなくてもいい。
今ここにある自分を大切にすることから、自然と次の一歩は始まっていく。
今日があなたにとって、
少しだけ心の力を抜ける一日になりますように。