今日はとてもいいことがありました。
それは何か。ここでは言いません。
それでは『新しい光に包まれて』の第六回です。
どうぞ。
☆
異変が起きたのは、夜の十二時きっかりのことだった。突然部屋のどこかから微かな笛の音らしきものが聞こえ始めた。その音が次第に大きくなって行き、キラキラ輝く空気の層と擦れ合って、微妙な音の色彩を奏でてゆく。
聖太郎の意識ははっきりしている。これは決して夢の中の出来事ではないと、自分の心の核で確信している。夜が深くなるにつれて、どんどん意識が研ぎ澄まされて冷めて行き、同時に心が熱く燃えて行く。その笛の音色は、その意識と心を微妙に揺さぶる。どこまで行っても世界は美しいんだという感動に満ち溢れた音楽を、聖太郎は今耳にしている。
しばらくその音色の美しさに浸り切っていたが、やがて聖太郎は笛の音の出所を探り当てた。机に乗っている例の男が渡した木箱の中から聞こえて来る様子である。木箱のふたを取ってみると、やはりそうだった、音色はさらに大きく部屋の中に鳴り響いた。
メロディは何なのか、よく判別できない。ただ音が非常に大きい。これはきっと階下にいる父と母にも聞こえていて、今にも文句を言いに来そうだと心配になってきた。慌てて階下に降りてみるが、父も母も何食わぬ顔で眠っている。階下にも笛の音楽はガンガン鳴り響いている。不愉快な音色ではないが、音量は耳や頭の中を覆い尽くすほどに大きい。これで普通の人間が目を覚まさないわけがない。
どうしてだろうと思いながら、聖太郎は階段を上って自分の部屋に戻る。
すると今度は、少女と言っていいほどの若い女の声がする。最初は何を言っているのかよく分からなかったが、その声はやがて笛の音よりも大きくなって、こんな言葉をささやいているのが分かる。
「この笛の音色は、あなたにしか聞こえないものよ。だから慌てないで、わたしの言う通りにして――」
さらに何かを言っているが、よく聞き取れない。ただ「こっちに来て、こっちに来て」という言葉は何度も聞こえてくる。こっちとはどこかと思って迷っていると、にわかに部屋の中が白い霧のようなもので包まれ始めた。
その霧は、明らかに木箱の中の人形から立ちのぼっているのが、聖太郎にははっきりと見て取れた。彼は思い切って人形に手を触れる。熱くもなく冷たくもない。何か非常に心地よい感触がある。彼は人形を手に握りしめて、ふっと息をする。
「こっちに来て」という少女の声が、聖太郎の心をブルブルと揺さぶるほどに魅惑的である。その背景には、相変わらずあの美しい笛の音色がたなびいている。
声のする方角へ行って、どうしてもその少女の姿を見たいという願望を彼は抑え切れなかった。よく耳を澄ますと、その声は北側のテレビを置いてある壁の方角から聞こえて来る。聖太郎は、一歩一歩と足を踏み出す。もうそろそろテレビのある場所かと思っても、何も体には当たらない。
白い霧の世界の中で、聖太郎の足は何の障害物にも遮られずに、五歩六歩、十歩二十歩と踏み出されて行く。壁はどこに行ったのだろう、ぼくは一体今どこにいるのだろう、聖太郎は、怖いのが半分と、幸せな気分が半分の心理状態で、さらにさらに歩を進める。