よくある話です。
老衰で静かに臨終の時を待っている老婆がベッドに横たわっています。
毎日見舞いに訪れる娘さん家族は、今日もその傍に付き添い見守っています。
95歳を過ぎ徐々に食も細くなり、とうとう食べられなくなって1週間が過ぎました。医師から「このまま何もしなくても穏やかに最期が迎えられますが、何か希望はありますか」と聞かれます。娘さんは「苦しくもなく眠っているようなので、このままそっとして旅立ってほしいです」と延命治療は希望されませんでした。
医師から「逢わせたい方があれば早いうちに逢わせてください」と言われ、娘さんは、「仕事が忙しい!」と言って疎遠であった兄にも連絡をします。
翌日親の危篤の知らせを受けた兄がやってきました。
兄は長年見ない間にすっかり痩せ衰えた母親を前にして、うろたえていました。
そして看護師に「痩せているが食事はできているのか」「食べられないなら栄養が摂れないではないか」「水が不足したら脱水で死んでしまうのではか」と矢継ぎ早に質問をあびせます。
そして「俺は今までお袋に何もしてやれなかった、最後はできる限りのことをしてやりたい」「だからせめて点滴をつけて栄養と水を十分にあげてほしい」と言うのでした。
息子さんはそうすることが「最後に親孝行」だと言い張ります。しかし、長年母親の老いを見続けて、今に至った事がわかっている娘さんにとって「最後の親孝行」は静かに見守ることでした。
この様に「最後にできる限りのことは何でもしてあげたい」「それが最後に親孝行をした」と思うのは、人としてすごく当たり前のように思えます。
しかし、点滴が老衰でおだやかに臨終を迎えようとする身体に及ぼす影響を考えると、それが結果として親不孝になってしまうこともあるのです。
続く
はじめまして チョコちゃんナースです。
年間20件前後のお看取りを行い、通算200件以上のいろいろな臨終場面を経験してきました。
これからも、平穏な臨終を迎えるために最善の道を探っていきたいと思います。これからもよろしくお願いします。