技術士2次試験の合格を目指す方々にとって、見逃せない重要なアップデートがあります。それが、令和8年度から施行された技術士コンピテンシーの改訂です。
「コンピテンシーが改訂された」と聞いても、「試験の内容が少し変わっただけでしょ?」と軽く見ている方も少なくないかもしれません。しかし、今回の改訂は単なる言葉の修正ではありません。評価の根本的な軸が転換された、と理解しておく必要があります。
本記事では、令和8年度のコンピテンシー改訂の背景と具体的な変更内容を丁寧に解説したうえで、論文試験(筆記試験)および口頭試験において、どのように対応すべきかの実践的な戦略をお伝えします。これから受験を予定している方は、ぜひ最後まで読んでいただき、自身の試験準備に活かしてください。
1.なぜ今、コンピテンシーが改訂されたのか(背景を理解する)
まず、「なぜ今この時期に改訂が行われたのか」という背景を理解することが重要です。試験の変化の背景を知ることは、試験官が「何を求めているか」を正確に把握するうえで欠かせない視点です。
今回の改訂の背景には、大きく3つの社会的要請があります。
(1)激甚化する気候変動・DX加速・D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)への対応
気候変動による自然災害の激甚化、デジタルトランスフォーメーション(DX)の急速な普及、そして多様性を尊重する社会への移行は、技術者に求められる役割を根本から変えつつあります。これまでの技術者像、すなわち「専門知識を深め、経験に基づいて問題を解く」というモデルでは、現代社会の複雑な課題に対応しきれなくなってきているのです。
(2)技術士法第1条の現代的再解釈
技術士法第1条は、「科学技術の向上と国民経済の発展に資するため」に技術士制度が設けられていることを明記しています。この「国民経済の発展」と「公共の安全」という使命を、現代の複雑な社会的文脈においていかに実現するか、という問いが、今回の改訂を促しました。
(3)評価軸の根本的な転換
最も重要なポイントです。これまでの評価軸は、端的にいえば「いかに高度な専門知識・経験を持っているか」でした。しかし令和8年度からは、「変化する社会・技術環境にいかに適応し、エビデンスに基づいて多様な関係者と合意形成できるか」へと、評価の軸が根本的にシフトしています。
この転換を一言で表すならば、「経験や勘による説得」から「エビデンスに基づく合意形成」へ、です。
つまり、どれだけ豊富な経験を持っていても、それをデータや客観的根拠なしに「自分はこう思う」というスタイルで論じるだけでは、令和8年度以降の評価基準では十分とはみなされなくなった、ということです。
2.4つの主要領域:何がどのように変わったのか
改訂されたコンピテンシーは、4つの主要領域で技術者像がアップデートされています。それぞれの変化と、試験上の意味を解説します。
(1)データ活用:「経験則」から「エビデンス」へ
新しい定義では、ICTやデータを駆使したエビデンスベースの問題定義を行い、客観性を担保することが求められます。
これは、論文試験における課題抽出・問題定義の場面に直接影響します。これまでは「現場の経験から、この問題が重要だと判断した」という論述でも一定の評価を得られましたが、今後はモニタリングデータ、AI解析、オープンデータなどの具体的なエビデンスを示したうえで「真の問題」を定義するという構成が求められます。
BIM/CIM、センシング技術、データ駆動型アプローチといったキーワードを、適切な文脈のなかで使いこなせるよう準備しておくことが重要です。
(2)包摂性(インクルーシブ):「説得」から「協働」へ
新しい定義では、多様なステークホルダーを包摂し、ITを活用した協働(コラボレーション)で共に価値を創出する姿勢が求められます。
旧定義の「明確かつ効果的な意思疎通を図る」というコミュニケーション観は、どちらかといえば「自分の考えをわかりやすく伝える」という一方向的なものでした。しかし新定義では、多様な立場・価値観を持つ関係者を包み込み、双方向の対話を通じて合意を形成していくという、より能動的かつ包括的なプロセスが評価されます。
論文試験の解決策提示においても、「自分がこう考えるから、こうすべき」という一方的な論述ではなく、ステークホルダーとの対話・ワークショップを通じた合意形成プロセスを明示することが、これからの高評価につながります。
(3)経済性(LCC統合):「倫理」の定義が拡張された
今回の改訂で見落としがちですが、非常に重要な変化がここにあります。技術者倫理の影響予見対象に、「経済」が明示的に追加されたのです。
旧定義では「社会・文化・環境への影響を予見する」とされていましたが、新定義では「社会・経済・環境への影響を予見し、持続可能な成果を達成する」と改められました。つまり、LCC(ライフサイクルコスト)や費用対効果を無視した技術的提案は、今後は倫理上の問題として捉えられうる、ということです。
SDGsの三側面(環境・社会・経済)を統合的に判断する姿勢を、論文のなかで明示することが、これからの評価基準への対応として有効です。
(4)適応力(動的研さん):「知識の蓄積」から「自己アップデート」へ
継続研さんの定義も大きく変わりました。旧定義の「専門知識や資質能力の向上に努める」というインプット志向から、「急速な技術革新(AI等)による『仕事の性質の変化』に適応する能力を高める」というアウトプット・適応志向へとシフトしています。
口頭試験において継続研さんが問われる際、これまでは「どのような勉強をしているか」を答えるだけで一定の評価を得られました。しかし今後は、AI等の技術革新を受けて自分の業務や役割がどのように変化しているか、それに対してどのようにリスキリングし、能動的に適応しているかを具体的に語れることが求められます。
3.新旧コンピテンシーの比較と試験への影響(早見表)
改訂の全体像を整理すると、以下のようになります。
この表を見て気づくことは、旧定義はいずれも「個人の能力や行動」にフォーカスしていたのに対し、新定義は「社会・他者との関係性のなかでいかに機能するか」にフォーカスが移っている、ということです。
これは試験の回答スタイルにも直接影響します。自分だけが活躍するような論述ではなく、組織・社会・ステークホルダーを巻き込んで成果を出す技術者としての姿を前面に出すことが、これからの評価ポイントとなります。
4.論文試験(筆記試験)への具体的対応戦略
ここからは、実際の試験対応について、より具体的に解説します。
課題抽出・問題定義のアップデート
必須Ⅰおよび選択Ⅲにおける課題抽出では、「なぜその課題が重要か」をデータや客観的根拠で示すことが、これまで以上に重要になります。
たとえば「老朽化インフラの維持管理が喫緊の課題である」と述べる場合、旧来は「現場の経験上、○○の問題が多く見られるため」という記述でも通用しましたが、今後は「国土交通省の○○調査によれば、建設後50年を超えるインフラは今後10年で○割を超える見込みであり」のように、オープンデータや統計に基づく客観的定義を示すことが求められます。
解決策提示のアップデート
選択Ⅱ-2および選択Ⅲにおける解決策の提示では、単なる技術的解決策の羅列ではなく、合意形成プロセスを含めた記述が評価されます。具体的には、以下のような視点を論文に盛り込むことが効果的です。
・ 解決策を検討するにあたって、どのようなステークホルダーが関与するかを明示する
・ それらのステークホルダー間の利害の相違や対立点を認識したうえで、
・ 対話・ワークショップ等の合意形成プロセスを経て、最終的な解決策に至ることを示す
「私がこう判断してこう解決した」という技術者個人の判断を前面に出す論述から、「関係者を巻き込み、多様な視点を統合して解決に至った」という協働型のプロセスを描く論述へ、スタイルをアップデートすることが重要です。
技術者倫理・経済性の統合的論述
選択Ⅱ-2のリスク・倫理に関する設問や、選択Ⅲの総合的な判断を問う設問において、環境・社会・経済の三側面を統合的に論じることが、令和8年度以降の高評価につながります。
たとえばある対策の「リスクと留意点」を論じる際、環境面・社会面に加えて、LCCや費用対効果といった経済面のトレードオフも明示的に取り上げ、それらを踏まえた「持続可能な最適解」を論じることが、改訂後の倫理観の表現として有効です。
5.口頭試験への具体的対応戦略
口頭試験で問われる6項目(マネジメント・評価・コミュニケーション・リーダシップ・技術者倫理・継続研さん)についても、改訂を踏まえた対応が必要です。
コミュニケーション・リーダシップの回答をアップデートする
口頭試験でこれらを問われた際、以前であれば「上司・部下・顧客との連絡を密にした」「メンバーをまとめてプロジェクトを推進した」という回答が一定の評価を得ていました。
しかし新定義に照らすと、「どのような多様な立場の関係者が存在し、どのような利害の相違があったか」「それをどのような対話・プロセスで調整・統合したか」という、より具体的で包摂的なプロセスを語ることが求められます。
口頭試験の準備にあたっては、自身の業務経験のなかから、多様なステークホルダーとの合意形成に成功した事例を整理しておくことを強くお勧めします。
技術者倫理の回答をアップデートする
倫理に関する質問への回答では、「安全第一」「法令遵守」に加えて、「経済性・費用対効果を含めたトレードオフをどのように判断したか」という視点を盛り込むことが、改訂後の評価基準への対応として有効です。
たとえば「あなたが倫理的判断を求められた場面を教えてください」という質問に対して、安全や環境面の考慮だけでなく、LCCや社会的コストを含めた多面的なトレードオフを意識して判断した経験を語れると、新しい評価軸に沿った回答となります。
継続研さんの回答を根本から見直す
今回の改訂で、継続研さんの問いに対する回答スタイルは最も大きく変える必要があるといっても過言ではありません。
【旧来型の回答(例)】「○○の学会に入会しており、技術論文を定期的に読んでいます。また、関連資格の取得に向けて勉強中です。」
これでは、令和8年度以降の評価基準では不十分です。新定義に基づく回答のポイントは、「AIや技術革新によって自分の仕事の性質がどのように変化しているか」を具体的に認識し、「その変化に対して能動的にどのように適応しているか」を語ることです。
たとえば:「AIの活用によって○○の業務が自動化されつつある中、私は自身の役割を○○(高度な判断・合意形成・新技術の統合的活用等)にシフトし、そのために○○に取り組んでいます」といった形で、変化の認識→自己の役割の再定義→具体的な取り組みという流れで語ることが、改訂後の継続研さんの評価において高い評価につながります。
6.実務経験証明書との連動:改訂を踏まえた記載の見直し
口頭試験は、提出した実務経験証明書をもとに質疑応答が行われます。したがって、実務経験証明書の記載においても、改訂後のコンピテンシーを意識した見直しが必要です。特に「業務内容の詳細」において、以下の点を意識して盛り込んでおくことをお勧めします。
【エビデンスに基づく問題定義の場面】 データや客観的分析を用いて、解決すべき課題を定義したプロセスを記載しておくと、口頭試験で問われた際にスムーズに語れます。
【多様なステークホルダーとの合意形成の場面】 単に「関係者と調整した」ではなく、どのような立場の関係者が存在し、どのような意見の相違があり、どのようなプロセスで合意に至ったかを具体的に盛り込んでおくことが有効です。改訂後のコミュニケーション・リーダシップ・マネジメントの質問への対応につながります。
【経済性(LCC・費用対効果)を含めた意思決定の場面】 技術的な判断の根拠として、経済面のトレードオフを考慮した経緯を記載しておくと、改訂後の技術者倫理の問いに対する回答の素材となります。
【技術革新への適応の場面】 DXやAIといった技術変化に対して、自身の業務をどのように変革・適応させてきたかの記載は、改訂後の継続研さんの問いへの最良の回答素材となります。
7.まとめ:令和8年度以降の合格者像
以上を踏まえて、令和8年度以降の技術士2次試験で求められる「合格者像」を一言で表すならば、次のようになります。
「DXやSDGsの複雑なトレードオフを解消できる、アップデートされた技術コンサルタント」
具体的な行動指針として、次の4点を常に意識して試験準備を進めてください。
1. データで定義する: 課題・問題は、経験や直感だけでなく、客観的データ・エビデンスで定義する
2. 協働で解く: 解決策は、一人の技術者の判断ではなく、多様なステークホルダーとの合意形成プロセスを経て導く
3. 経済性で正当化する: 提案の妥当性は、技術的優位性だけでなく、LCC・費用対効果・SDGs三側面から説明する
4. 変化に適応する: 継続研さんは「知識を蓄える」ことではなく、「技術革新による仕事の変化を認識し、自己を再定義すること」である
この4点を軸に、論文の記述・口頭試験の回答・実務経験証明書の記載を一貫して見直すことが、令和8年度以降の合格への最短ルートです。
いかがでしたでしょうか。今回の改訂は、表面的な言葉の修正ではなく、技術士に求められる人材像の根本的なアップデートです。早めに改訂の意図を正確に理解し、論文・口頭・実務経験証明書の準備を一体的に進めていただくことが、合格への近道となります。
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