神との個人的な関係

神との個人的な関係

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コラム
聖書を読み、聖句を暗記し、日々の祈りを捧げようとも、神の存在を実感していなければ、それはただの聖書研究家であり、神と関係を築いたとは言えない、神と関係を築くということは、神とめちゃくちゃ個人的な経験に基づいためちゃくちゃ個人的な関係を持たなくてはいけない。
このブログを読んでいる人で、男であれば、女と関係を築こうとすることに血道をあげて、何が何でも女が欲しい、喉から手が出るほど女が欲しい、という情欲、性欲に支配された経験があるだろう。いや、現に女を手に入れてしまっている人がこれを読んだら、いやすでに恋人あるいは妻がいるんですけど何か?それの何が悪いねん、と不思議そうな顔でこれを読んでいるかもしれない。だが、女と関係を持つということは、神と関係を持たない、ということになるのだ。
いやいやいや、私は妻(あるいは恋人)も神も、どっちも愛しているよ、とこう言い張る人もいるだろうが、どっちもどっちも!って欲張りさんは、神の側から見れば、単なる欲張り、単なる浮気者だ。
でも映画とかでよく見る、クリスチャンの家族とか、父親が聖句を読んで、祈りを捧げて、妻と子供と一緒にアーメンとかいって、食卓囲んでメシ食ってんじゃん?それを神様は喜ばしく思ってないって言うの~?それは、神様、心が狭いんじゃないの~?と、こう思う人もいるでしょう。
しかしですね、ヨハネは最後の最後まで結婚しなかったのですよ、しかも彼はめちゃめちゃ結婚願望がありました、しかもイケメンでした、そんな彼がなぜ結婚しなかったのか?それは、神が、「ヨハネよ!お前を女にくれてやるわけにはいかん!私にはお前が必要なのだ!」とこう語りかけたからです。それでヨハネは結婚したいという願望を断ち切りました。
私にも恋愛というものに対する願望、幻想が人一倍ありまして、それがゆえに、なぜ、周りのクソみたいな男ほど女に好かれ、私は見向きもされないのかと苦しみましたが、これは神が私を必要としていたから、私が、女ではなく、神のほうに向き合うようにと取り計らってくれたからなのではないかと思っております。
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