殺人よりも重い罪

殺人よりも重い罪

記事
コラム
一般的には、殺人が最も重い罪と考えられています。刑法上も殺人罪は最も重い罪です、宗教上でも法律上でも、殺人はあらゆる罪の中で最も重いとされています。
しかし、聖書においては、殺人をしても、すぐ重罪、すぐ死刑、とはならないケースもあります。現代においても、戦争、正当防衛、医者の手術失敗、刑務官の死刑執行、などは、人を殺しても罪に問われません。
聖書において人類史上、最初の殺人は、アダムとイブの息子であるアベルとカインの兄弟間で起こりました。ある日、神様に捧げものをした兄弟ですが、神様は弟アベルの捧げものだけを受け取り、兄カインの捧げものだけ受け取りませんでした。それに嫉妬したカインは、弟アベルを荒野に誘い出し殺してしまいました。なぜ神様がカインの捧げものを受け取らなかったのかは聖書に詳細な記述はありませんが、おそらくカインに不誠実な心があって、それを神様は見抜いていたのでしょう(初物を捧げなかったとか、形式的にやったとか)。
神様はカインに、「アベルはどこへ行ったのか?」と問いましたが、カインは、「知りません、私は弟の番人ですか?」としらばっくれました。しかし、もちろん神様は全てをお見通しですから、カインが殺したのは知ってます。そして、彼に罰を与えます。東のノドの地に追放され、さらに、いくら畑を耕しても、作物が不作になり続けるという呪いを受けなければならない、とカインに告げます。カインは、私が殺人者であるがゆえにノドの地に追放されたことが知れたら土地の者に殺されてしまう!と怯えたのですが、神様は、そういうことがないように神の加護の刻印を彼に与えます。
つまり、神様はしかるべく罰は与えるのですが、殺人者であるカインにさえも慈悲を与えたのです。人を殺したのだからお前も死ねよ、とは言わなかったのですよ、慈悲深く思慮深い神様ではありませんか。
また、パウロも初期のキリスト教徒を教会を襲撃しては、とっ捕まえて、裁判にかけて死刑判決にもっていったので、間接的にキリスト教徒を殺しています、しかしイエスの霊に会い、改心したために、殺人の罪を許されたのです。
そして、モーセは、金の牡牛の像を偶像崇拝した民衆を皆殺しにさせ、さらにミディアン人との戦闘において、捕虜とした非処女を皆殺しにさせました。
非処女に対して苛烈すぎると思われるかもしれませんが、この時代の貞操観念は今とは比べ物にならないほど重かったのです。
つまり、これらのケースを見てもわかるように、杓子定規に殺人が最も重く、それ以外の罪は、それより下、ということにはならない、と分かると思います。ある意味で殺人よりも重い罪を犯している人たちがいるからこそ、殺人が許されているということなのかもしれません。
殺人より重い罪・・神に背き続け、神の教えをないがしろにし続け、悔い改めることもない、それどころかますます間違った方向に突っ走ろうとする者・・彼らはある意味で殺人者より罪が重いのかもしれません。

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す