神は罰を与える、しかし・・

神は罰を与える、しかし・・

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コラム
イエスに洗礼を与える役割を担って、この世に生まれ出でた、洗礼者ヨハネであるが、彼は祭司ザカリア、妻エリザベトとの間に生まれた子であった。
ザカリアは、天使ガブリエルより、イエスに洗礼を与えるという役割を持った子が、あなたのもとにもうすぐ生まれるでしょうと、告げた。
しかし、ザカリアは、妻がかなり高齢であることから、そんなことあるわけがないと、天使の言葉を否定した。それがゆえに、罰を食らい、ヨハネが生まれるその日まで、口がきけない呪いをかけられてしまったのである。
また、アダムとイブの子である、カインは弟のアベルを殺してしまうのですが、これに対し神は、行く先々を放浪して畑を耕し作物を育てるが、ろくに実らず苦労し続ける、という呪いを与えるという罰を与えました。
しかし同時に、カインに、神の加護を与えました。殺人者にも慈悲を与えているわけです。そして、罰の程度からもわかるように、その罪の重さにふさわしい罰が与えられてますね。ザカリアは、神の言葉を疑った、その程度の罪だったので、一定期間、口がきけなくなるという罰であったが、カインの場合は、
したことが殺人ですから、死ぬまで苦労し続けるという、罪に見合った重い罰が与えられたわけです。
基本的に神が与える罰というのは、取り返しがつかない罪ではない場合は、回復可能な罰にとどまります。たとえば手足を失うとか、視力を永遠に失うとか、何か後遺症が残ってしまうというような、そういう罰は、無いんですね。
このことからも、神がいかに、善良な方であるかがわかります。
もし、神が意地悪ならば、回復不可能な罰を与えるとは思いませんか?
罰は罰として与えるが、悔い改め、考え直し、自分の心と向き合い、そして神を敬い、また神に立ち返る、それができたならば、また健康な状態に戻してくれるのですから、非常に善良な方であるとわかります。
イエスも、パウロに目が見えなくなる呪いをかけましたが、あとでちゃんと目が見えるようにしてあげました。これがきっかけでパウロはキリストを迫害する立場から一転して、熱心なキリスト教徒になったのです。
イスラムのシャリーア(厳格な法律)のように、盗みをした人間の手足を切断するというような回復不可能な罰は与えません。慈悲深い神であるがゆえに。
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