ああ、これは良いことを言ってるなぁ、ためになるなぁ、と思う言葉、
いわゆる「名言」や「格言」なんですが、だいたい下らない、どうでもいいことを言ってます。
なんとなく、良いことを言っているような気がする、だけ。
あなたがたは、アダムとイブが最初に食べた「バカになる実」のおかげで
真実も嘘もわからなくなっている状態なので、こういうことになるのです。
人間や悪魔の言ってる言葉と神の言ってる言葉の違いもわからなければ、
この世界がどういう仕組み、構造になってるかもわからない。
それでも、わかったような気になって悦にいっているだけなんですよ。
たとえばブッダが言ったと言われる「天上天下唯我独尊」とかいう言葉。
天の上にも下にも、我より尊いものがあるものか?とは、まあ、ずいぶんと
自尊心が強いようで、謙虚さのかけらもない・・あ、こう言うと、たぶんこう言われるんですよね、「いや、そういう意味じゃない、天上天下にただ一人の、誰とも代わることのできない人間として、しかも何一つ加える必要もなく、このいのちのままに尊い、という意味なのさ!」と、こうくるわけです。
おお~、なんか、すごく良いことを言っているような気がする~!
さすがお釈迦様だ!と・・これが一般人の感覚?感性?なんでしょうか。
ですが、よく考えてみてください、命がただ尊い、何一つ加える必要もない、って、魂の成長も必要ないってことでしょうが!
命がただ尊い、どんな悪人でも尊いのか?人を殺しても、女を犯しても、人を
だまして破滅に追い込んで金を儲けても、そいつは尊いのか?
そんなのは全然尊くないです、命が、ただ尊い、尊いって、何がどう尊いのか教えてほしいものです。そろそろ目が覚めましたか?
聖書には、はっきりと「地上の人間は虫けらに等しい」と書いてありますよ。
まず自分が虫けらであることを自覚しましょうよ、それを客観的に自覚することで、脱却できるわけですからね。
イエスも、このように言ってます。「およそ女から生まれた者でヨハネより偉大な者はいない、しかし、天界で最も小さな者でも、彼よりは偉大だ」とね。
洗礼者ヨハネは、イエスに洗礼を授ける役割をもって、この世に生まれ出ました、彼は自分の役割を理解していましたし、自分がとるに足らない存在であると真に理解してましたので、イエスと出会ったとき、私こそあなたから洗礼を受けなければいけないのに・・と言ったのです。当時、洗礼者ヨハネは絶大な支持を受けており、イエスは無名の人でした。その状況で、このようなことを言えたのは、イエスもヨハネも自らの使命と役割を理解してたからです。