僕が、僕の本音を見つけるまで。〜宮古島編

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入社半年で会社を辞めた僕は、宮古島に来た。

宮古島を選んだ理由は単純で、
東洋一綺麗な海を見たかったからだ。

羽田から下地島空港へ
約3時間のフライトを終え、
飛行機から降りた僕は、
全身ににまとわりつくような熱を感じた。

「本当に来たんだな...」

新天地へ来た実感をいまいち掴めないまま、
僕は指定されたタクシーに乗り込んだ。


本当は旅行で来たかったのだ。

しかし、当時の僕にそんな余裕はなかった。
色々考えた結果、
仕方なく住み込みの派遣を選んだ。

担当者からは、
事前に寮付きだとは聞いていたので
汚いかもと想像していたが、
綺麗な普通の1Kだった。

寮費と水・光熱費は無料で、
昼食だけ会社から弁当が支給された。
朝晩は自炊した。


因みに、僕はここから3ヶ月ほど宮古島で生活するのだが、
今思えば、
幅広い年代の人が働きに来ていた。

下は19歳の学生から、
上は70代のおじいちゃんまでいた。

みんな島の海が見たくて来たと言っていた。
リピーターの人も何人かいた。

僕は、
「何歳でもやりたいことやってる人はパワーがあるな」
と思った。



島に来た人たちの中には、
独特な過去を持った人も多かった。

個人的に、1番強烈に覚えているのは、

「元々、年商ウン十億の会社の社長だったが、
お客さんに裁判を起こされて、全財産を凍結されて裁判中」

というおじさんだった。


その人は客室清掃の責任者で、
僕らの指導者的な立ち位置も担っていた。

とても仕事ができる人で、
清掃チームがバランスよく配置につけるように、
いつもモニターで迅速に指示を出していた。

来たばかりの自分ことも気にかけてくれて、
僕も、仕事上ではその人を頼りにすることがあった。


しかし関わるうちに、
その人からは、隠しきれていない”冷徹さ”みたいなものを感じ始めた。

最初の方はニコニコしていて
優しそうだったのだが、

僕らへの指示で、
「他人を信用するな!」
などと平気で言う人だった。

仕事のことになると、
極端に冷静になり、
損得で物事を考えているような発言が多かった。

掃除が遅い人には、
きつく指導していたこともあり、
怒られるかもしれない怖さから、
みんな頑張って掃除をしていた。

度々、その人の半道徳的な発言が目立つことがあったが、
僕には反論する勇気もなく、
情けなくも、心の中だけで言い返していた。


そんなおじさんの指示のもと、
毎日必死に掃除をして、
ヘトヘトで寮に帰る日々を送っていた。

客室清掃は思った以上に激務で、
最初のうちは覚えることも多かった。

初めの1ヶ月くらいは、
怒られることも多々あった。

とにかく必死に食らいついて行った。



そして、気づけば休日になった。

待ちに待った休みだった。


僕は、疲れていることも忘れて、
同僚と海へ向かった。






続く。

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