こんにちは!
キャリアコンサルタントのきむにぃ(木村尚文)です。
これまで、「報告せよ」と「ありえない」という言葉が苦手だという話を書きました。
ありがたいことに反響があったので、第3弾です。
今回の言葉は「マネジメントが足りない」です。
マネジメントの話をよく書いている僕が言うのもなんですが、苦手なのはこの言葉の使われ方なんですよね。
■数字の会議で飛んできた言葉
前職は販売会社だったので、数字の確認がとにかく多かったんですよね。
日々の進捗確認とは別に、月の途中や月末に、上の人も集まる重い会議があります。
課長のときは、部長と課長がメインでした。
数字の進捗が悪ければ、当然なんで足りないんだという話になります。
言われた方は、ここをこう動いて、こうやって取り返します、と答える。
すいません無理でした!とは言えません。
そして、その流れでよく飛んできたのが、この言葉でした。
「マネジメントができてねえな」
■数字の責任は当然だと思っている
先に言っておくと、課長が数字の責任を求められることは、当然だと思っています。
厳しいですが、そういう役割です。
そこを否定するつもりは、まったくありません。
ただ、ずっと思っていたんですよね。
マネジメントができていないと言われて、じゃあ明日から何を変えればいいんだよ、と。
目標の立て方なのか、部下への声のかけ方なのか、仕事の割り振りなのか、育成なのか。
全部マネジメントです。
なのに、どこがダメなのかは、この言葉では分かりません。
「マネジメントできてない」という曖昧な言葉で、結果が出ないことが全部課長のせいになる。
そういうことは、何度もありました。
当時、口には出しませんでしたが、こう聞いてみたかったです。
「マネジメントって、具体的に何のことを言っていますか?」
■中身がないまま責任だけを渡す言葉
もうひとつ思っていたことがあります。
日々ちゃんと課長の動きを見ていたら、この言葉は出てこないんじゃないか、ということです。
チームが何をやっていて、誰がどこで苦戦しているのか。
それを見ていれば、ここが足りないのかな、この人にはこう関わってみたらどうだろう、と具体的な話になるはずなんですよね。
大きな言葉しか出てこないのは、数字しか見ていないからなんじゃないか?
そう思っていました。
前回の「ありえない」は、考えを止めてしまう言葉でした。
今回の「マネジメントが足りない」は、ちょっと違います。
中身がないまま、責任だけを相手に渡す言葉。
言った側は、指導した気持ちになると思うんです。
言ったぞ、と。
でも、言われた側には、ほとんど何も残らない。
結局、自分で答えを探して、めちゃくちゃ頑張るしかありません。
それはもう、指示というより丸投げだと思うんですよね。
■部長になってからは絶対に使わなかった
だから、自分が部長になったとき、この言葉は絶対に使わないと決めていました。
僕の組織にも、数字の進捗確認はありました。
そこで僕がやっていたのは、こんな流れです。
まず、自分が求めていることを、ちゃんと言う。
組織として必要な数字もあるし、僕自身が上から求められていることもあります。
次に、どこが足りないと僕が思っているのかを、具体的に伝える。
そのうえで、そのギャップを課長としてどう考えているかを聞く。
しっかり考えているなら、じゃあ任せてやってみよう、という話になります。
その考えに、もう少しこうしたらどうだろう、と足すこともできる。
気合でやりますだけだったら、それは運任せだから、しっかり考えようという話になります。
話した上で自分なりの理屈や工夫が見えたら、任せましょうとなる。
考えを聞かずに大きな言葉だけ投げたら、ただの詰めになります。
それは本当に地獄です。僕もずっと食らっていたので、よく分かります。
大きな言葉は、言う側は気持ちいいんです。
でも、言われた部下は、明日何を変えればいいのか分からない。
そして、言っている側は、意外とそれに気づかないんですよね。
■大きな言葉が出そうになったら立ち止まる
部下に何か言いたくなったとき、口から大きな言葉が出そうになったら、少しだけ立ち止まってみるといいと思います。
自分は、何を求めているのか。どこが足りないと思っているのか。
それを、具体的に言えるか。
言えないなら、まだ自分の中で整理できていないのかもしれません。
これは職場に限った話でもないと思います。後輩に「もっとちゃんとして」と言いそうになったとき。
家族に「少しは考えてよ」と言いそうになったとき。
その「ちゃんと」と「考えて」の中身を、言う前に自分で確かめてみる。
人と人が関わる以上、責任を片方だけに押しつけるのは、やっぱり良くないですよね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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