はじめに
相続の手続きを調べていると、「遺言執行者がいないときはどうするのか」「相続人が1人もいない場合、戸籍は誰の委任状で集めるのか」といった、答えが見つかりにくい疑問にぶつかります。
この記事では、遺言執行者と相続人の関係を軸に、次の5つの疑問を順番に整理します。
• 相続人がいない場合、遺言執行者は戸籍集めの委任状を誰からもらうのか
• 遺言執行者がいない・亡くなっているときは、選任が必要なのか
• 相続人だけで進める場合、全員の同意が必要なのか
• 遺言執行者の選任が必要になるのはどんなケースか
• 親族が誰も執行者をやりたくないとき、どう申し立てるのか
相続人がいない場合、遺言執行者は戸籍集めの委任状は誰からもらう?
結論から言うと、委任状は誰からも必要ありません。遺言執行者本人が請求者になり、自分の名前で戸籍を請求できます。
戸籍は本人や配偶者、親子などの直系親族でなければ取れないと思われがちです。しかし戸籍法10条の2により、権利を行使したり義務を果たしたりするために必要な第三者も、理由を示せば請求できます。遺言執行者には「遺言を執行するため」という正当な理由があるので、この第三者請求で取得します。
相続人がいないケースでは、そもそも委任してくれる人がいないので、この方法が基本になります。相続人がいないことを確かめるには、亡くなった人の出生から死亡までの戸籍に加え、父母や兄弟姉妹の戸籍まで集めることになり、通数が多くなりがちです。
請求するときに添えるもの
自治体によって細かい違いはありますが、おおむね次のとおりです。
• 遺言執行者であることがわかる書類:遺言書の写し(執行者の指定がある部分)。自筆証書遺言なら検認済証明書付きのもの、法務局で保管していた遺言なら遺言書情報証明書、公正証書遺言なら謄本です。家庭裁判所で選任された執行者は、選任審判書の謄本を使います。
• 請求者の本人確認書類
• 請求書の使用目的欄:「遺言執行のため(相続人の有無の確認、預金の解約、不動産の名義変更)」のように具体的に書きます。
広域交付は使えない
2024年3月から、最寄りの役所で他の市区町村の戸籍もまとめて取れる「広域交付」が始まりました。ただし使えるのは本人、配偶者、直系の親族だけで、遺言執行者は対象外です。本籍地が複数ある場合は、それぞれの役所に郵送で請求することになります。
なお委任状が必要になるのは、遺言執行者が別の人に戸籍を取りに行ってもらう場合です。そのときは執行者が委任状を書く側になります。
遺言執行者がいない・亡くなっているときは選任が必要?
遺言執行者の選任は必須ではありません。遺言に執行者の指定がない場合も、指定されていた人が亡くなっていたり辞退したりした場合も、遺言そのものは有効です。基本的には相続人が遺言の内容どおりに手続きを進めます。
民法1010条も、執行者がいないときは利害関係人の請求によって家庭裁判所が選任できると定めているだけで、選任を義務づけてはいません。
たとえば次のような遺言なら、執行者がいなくても困ることはほとんどありません。
• 「自宅の土地建物を長男に相続させる」のような遺言:特定の財産を特定の相続人に渡す内容なので、受け取る相続人が自分で名義変更できます。
• 「遺産の3分の2を長男に」のように割合だけを指定する遺言:具体的な分け方は相続人全員の遺産分割協議で決めるので、そもそも執行者の出番がほとんどありません。
逆に、執行者がいないと進まないケースもあります。それは後の「選任が必要になるケース」で整理します。
相続人だけで進める場合、全員の同意は必要?
全員の同意が必要かどうかは、財産を受け取る人が相続人かどうかで決まります。受け取る人が相続人なら自分の分は1人で手続きでき、相続人以外なら相続人全員の協力が必要です。
違いが出る理由は、相続人への承継は戸籍で相続人だと証明でき、相続と同じように扱えるからです。一方で相続人以外への遺贈は、亡くなった人から他人へ名義を移す形になります。そのため、亡くなった人の立場を引き継いだ相続人全員が「渡す側」として関わる必要があるのです。
「1人でできる」ときの注意点
• 1人でできるのは、遺言で自分に割り当てられた財産の手続きだけです。他の人が受け取る分を勝手に動かすことはできません。
• 相続放棄をした人は相続人ではなくなるので、単独での名義変更はできなくなります。
• 1人で名義変更できても、他の相続人の遺留分がなくなるわけではありません。後から遺留分侵害額をお金で請求される可能性は残ります。
• 自筆証書遺言(法務局保管でないもの)は、どの手続きの前にも家庭裁判所での検認が必要です。検認の申立ては相続人1人からでもできます。
• 法律上は1人でできても、銀行や証券会社が独自の規定で相続人全員の署名・実印を求めてくることがあります。金融機関ごとに相続窓口で必要書類を先に確認しておくと確実です。
遺言執行者の選任が必要になるケース
執行者の選任を考えるべきなのは、主に次の4つのケースです。
1. 遺言に子の認知や相続人の廃除(またはその取消し)が書かれている:これらは法律上、遺言執行者しか実行できません。相続人全員が協力しても代わりはできないので、選任が必須です。
2. 相続人以外への遺贈で、相続人の協力が得られない:相続人が1人でも登記に協力しない場合、執行者を選任すれば、受遺者と執行者の共同申請で名義変更できます。
3. 相続人が1人もいない:手続きをする人がいないので、執行者を選任するか、相続財産清算人を選任してもらう必要があります。特定の不動産を遺贈する遺言なら、執行者を選ばずに相続財産清算人を選任し、受遺者と清算人が共同で登記する方法もあります。
4. 手続きの相手先が執行者を求める、または全員の実印を集めるのが大変:相続人が多い、疎遠、遠方に住んでいるなどの事情があると、全員の署名をそろえるだけで何か月もかかることがあります。執行者がいれば1人で銀行や登記の手続きを進められます。
よくある勘違いが、認知や廃除を「相続人の協力が必要なもの」と捉えてしまうことです。正しくは「執行者でなければできないもの」で、相続人の協力が必要なのは、相続人以外への遺贈や遺産分割協議のほうです。
親族が誰も執行者をやりたくないときの申立て方
申立てをする人と執行者になる人は別でかまいません。親族の誰かが申立てだけを行い、執行者は弁護士や司法書士などの専門家に任せることができます。
申立ての基本
• 申立人:相続人、遺言者の債権者、遺贈を受けた人などの利害関係人
• 申立先:遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所
• 費用:遺言書1通につき収入印紙800円と、連絡用の郵便切手(金額は裁判所ごとに異なります)
• 主な書類:申立書、遺言者の死亡が記載された戸籍謄本、遺言書の写し(または検認調書謄本の写し)、執行者候補者の住民票、申立人の利害関係を示す資料
• 期間:選任までおおむね1〜2か月
候補者の立て方は2通り
• 専門家を候補者にする:先に弁護士や司法書士に相談して就任の了承をもらい、申立書の候補者欄に書きます。家庭裁判所は候補者をそのまま選ぶことが多いとされています。
• 候補者を書かずに申し立てる:家庭裁判所が弁護士などの適任者を探して選ぶのが一般的です。ただし決まるまでに時間がかかることがあります。
報酬と費用は誰が払う?
執行者の報酬は、遺言に定めがあればその金額、なければ相続人との話し合いや家庭裁判所の決定で決まります。
報酬や執行にかかる費用は、原則として遺産の中から支払います。申立てをした親族が自腹で負担するわけではありません。親族が申立て自体もしたくない場合は、遺贈を受ける人など他の利害関係人が申し立てることもできます。
まとめ
• 相続人がいない場合、遺言執行者は委任状なしで、自分の名前で戸籍を請求できる(広域交付は使えない)
• 遺言執行者がいなくても遺言は有効で、選任は必須ではない
• 相続人だけで進めるとき、全員の協力が必要かは「受け取る人が相続人かどうか」で決まる
• 認知・廃除がある、相続人以外への遺贈で協力が得られない、相続人がいない、といった場合は選任を考える
• 親族が執行者をやりたくなければ、専門家を候補者にして申し立てればよい
相続の手続きは、遺言の書き方や財産の種類、相手先の金融機関によって必要なものが変わります。実際に進める前に、家庭裁判所の窓口や役所、司法書士などの専門家に確認しておくと安心です。
さいごに
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
相続や遺言のことは、ご家族ごとに事情がちがうため、記事だけでは「うちの場合はどうなの?」が残ることも多いと思います。
行政書士として、電話でのご相談もお受けしています。
「何から手をつければいいかわからない」「誰に相談すればいいのかも迷っている」という段階でも大丈夫です。話しながら一緒に整理していきましょう。
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参考
• 遺言執行者の選任|裁判所
• 相続財産清算人の選任|裁判所
• 相続人に対する遺贈の登記申請書記載例|法務局