山本太郎さんが、れいわ新選組の代表を退き、政治活動からも身を引くと発表があった。
前回、選挙の流れとれいわ新選組について占断した際に6月中旬以降のタイミングで動きがあると予見していたけれどこういう形は想定していなかったので少々驚き。
そして、正直に言えば、とても残念だ。
もちろん、政策について賛成できる人もいれば、まったく合わない人もいるだろうし、もっと単純に好き嫌いもあるでしょう。
でも、山本太郎という人が、日本の政治の中でかなり特殊な存在だったことは間違いない。
普通の政治家ではなかった。
ここは、たぶん多くの人が感じているところだと思う。
だからこそ熱狂的な支持者も出れば、批判、それすら超えて誹謗中傷もあったわけで。
今回の占断はパワーアップしている
前回は太郎ちゃんの誕生日と出生地、れいわ新選組の創立年月日と場所でそれぞれ占断していた。
はい、今、ワタクシは公人・組織レクティファイツールなるものを作りまして、人生イベントを入れることで、その人や組織の運勢がどの時刻のホロスコープに一番よく反応するのかを分析できるようになりました。
これは公人や政党だけではなく、この文章を読んでいる方やお勤めの企業でも、人生イベントをある程度入れれば分析可能です。
そう、通常個人鑑定は生年月日と出生場所、出生時刻を伺った上でホロスコープ出すのだけれど、出生時刻が分からない人は結構いる。
また、ザックリしていたり、実際とはズレが生じる方も珍しくない。
母子手帳に書かれている時刻があっても、それが「最初に身体が出た瞬間」なのか、「産声を上げた後の記録」なのか、「処置が終わって記入された時刻」なのかルールがあるわけでもないので当然起こりうる。
占断の説明的に便宜上「出生時刻推定」と言われることが多いけれど、実際には過去のイベントと照らし合わせて、どの時間の運勢にマッチするのかを分析している、というのが的確かもしれない。
もうちょっと検証したいので7/11現在募集停止中だけれど、そろそろ再開予定。
興味ある方はブックマークしておいてください。
ということで、あらためて太郎ちゃん本人と、れいわ新選組という組織のホロスコープを見直してみた。
太郎ちゃんは「普通の政治家」ではなかった
単なる体調不良による引退。
責任を取った辞任。
それだけでは少し足りない。
今回の流れは、ひとりの政治家の退場であると同時に、
山本太郎という巨大な看板から、れいわ新選組を切り離すためのリセット
でもあるように見える。
もちろん、これは占星術上の象意分析である。
政治的な事実認定ではない。
医学的な診断でもない。
その前提で読んでほしい。
太郎ちゃんがどういう人物だったのか。
なぜこれだけのことを成し遂げられたのか。
そして、れいわ新選組は今後どうなっていくのか。
太郎ちゃん本人のホロスコープを見ると、まず感じるのは、強い感受性である。
民衆の生活。
社会の痛み。
見捨てられた人の怒り。
言葉にならない不安。
そういったものを、頭で考える前に身体で拾ってしまうような配置がある。
これ、政治家としては強い。
でも、本人の身体には来る。
太郎ちゃんは、単に政策を語る人ではなかったように見える。
社会の痛みを、自分の声と身体を使って表に出す人。
そういう人だったのではないか。
演説が強い。
街宣が強い。
目の前の人の苦しみに反応する。
制度の奥にある歪みを見逃さない。
少なくとも今回の命式を見る限り、私はそこに太郎ちゃんらしさを強く感じた。
芸能の世界から政治へ移ったことも、偶然というより、本人の本質にかなり合っている。
表現力が、単なる芸能的な才能で終わらなかった。
政治的な言葉へ変換された。
そこが大きかったのだと思う。
太郎ちゃんは「総理大臣の器」だったのか
結論から言うと、太郎ちゃんは、いわゆる意味での「総理大臣の器」とは少し違うように見える。
総理大臣には、官僚機構を回す力が必要になる。
党内調整も必要になる。
妥協もいる。
利害の整理もいる。
制度の中で、長期的に運営していく力もいる。
そこは、あまり太郎ちゃんの中心ではない。
太郎ちゃんが強かったのは、見捨てられた人の痛みを拾い、社会の嘘を暴き、その怒りを政治の言葉に変えてしまうところだった。
政治の外に追いやられていた人たちを、もう一度政治の場に引き戻す。
その役割が強かった。
だから、太郎ちゃんは「王座に座る人」というより、
王座の前に火を置く人
だったのではないか。
総理大臣になることがすべてではない。
むしろ、太郎ちゃんを総理大臣という椅子に押し込めるのは、もったいないと以前の記事でも書いていた。
政治の中心に座る人ではない。
政治の中心が見て見ぬふりをしてきたものを、そこへ突きつける人。
たぶん、そういう役割だった。
なぜ、ここまで人を動かせたのか
太郎ちゃんがここまで人の心を動かした理由は、政策の中身だけでは説明できない。
もちろん政策は大事だ。
でも、それ以上に大きかったのは、
「この人は本当に怒っている」
と伝わったことだと思う。
多くの政治家は、怒っているふりをする。
困っている人に寄り添うふりをする。
でも、太郎ちゃんの場合は、ふりに見えない。
そこが強かった。
そして、怖かった。
怒りが本物に見える政治家は、支持される。
同時に、ものすごく嫌われる。
太郎ちゃんは、その両方を引き受けた人だったように見える。
感情を拾う。
見えないものに反応する。
演技や表現を通して、それを人に届ける。
制度の裏側やタブーに踏み込む。
これらが組み合わさって、山本太郎という政治家は成立していたのだと思う。
政策を売ったというより、
見捨てられていた人の感情に、政治の言葉を与えた。
少なくとも、ここまで正面からそれをやった政治家は、そう多くなかったのではないか。
今回の引退は、単なる敗北なのか
今回の代表辞任、政治活動からの引退、党名変更、体制刷新。
これは大きなリセットである。
最初は、太郎ちゃん自身が立て直すつもりだったのかもしれない。
それがPlan A。
でも、体調や選挙結果、組織の状態を見て、それが難しいと判断した。
だからPlan Bとして、党ごとリセットする。
この流れだったのではないかと感じる。
占星術で見ると、ここは妙に腑に落ちる。
太郎ちゃんの命式には、
自分を下げる、退く、隠れる、残すもののために身を引く
という象意がある。
そして、れいわ新選組の命式を見ると、創設者の影が組織の深いところに残りやすい。
つまり、太郎ちゃんが代表だけ辞めて、党名もそのまま、相談役のように残った場合、れいわ新選組はずっと「山本太郎の党」であり続ける可能性が高い。
新代表が誰になっても、
「太郎ちゃんならどう言うか」
「太郎ちゃんの後継者として足りるか」
と比較されてしまう。
それは次の世代にとって重すぎる。
だから、本人が「自分が地縛霊のように残らないようにリセットする」と考えたのだとしたら、占星術的にも理にかなっている。
政治家として最後にやった仕事が、
自分の影を党から外すこと
だったのかもしれない。
とても切ないけれど美しい退き方でもあり占星術的設計図に沿っているように見える。
そして今回のPlan Bは、単に「党名を変える」「代表を変える」という話だけではないのかもしれない。
れいわ新選組も、立ち上げ当初とは違って人が増えた。
人が増えれば、当然いろいろなものが入ってくる。
最初の理念に合わないもの。
名前や勢いだけに寄ってくるもの。
組織の中を濁らせるもの。
そうしたものを一度ふるいにかける意味も、今回のリセットにはあるのではないか。
これは、外から見て誰がどうだと断定する話ではない。
ただ、組織の命式を見ると、危機をきっかけに中身を選別し、不要なものを落としていく流れはかなり出ている。
名前を変えるだけでは足りない。
中身も変わらないといけない。
れいわ新選組は、危機で終わる党なのか
れいわ新選組のホロスコープを見ると、こちらも特徴的だ。
この党は、最初から「顔」が必要な政党として出ている。
その顔が、太郎ちゃんだった。
しかも、れいわ新選組の命式には、危機、再編、継承、見えない影響力の象意が強い。
つまり、れいわは安定した官僚型の政党というより、
危機のたびに姿を変える政党
である。
今回のリセットも、命式から見ると不自然ではない。
むしろ、れいわ新選組という名前のまま、太郎ちゃんの影を残し続ける方が危うい。
そのままだと、れいわは未来へ進む政党ではなく、山本太郎という記憶を守る場所になってしまう危険がある。
それは支持者にとっては美しいかもしれないが前へ進めないでしょう?
だからこそ党名変更や執行部刷新まで含めたリセットが必要だったのだと思う。
2月の大敗も、流れの中にあったのか
ここも重要である。
以前、れいわ新選組について占断した時、議席を増やせる可能性がまったくないわけではないと見ていた。
実際、れいわには選挙で人を集める力がある。
街頭で感情を動かす力もある。
表に出る力もある。
だから、あの時点で「可能性がない」とは言い切れなかった。
ただ、今から振り返ると、2月の選挙は単なる拡大選挙ではなかったように見える。
旧れいわモデルの最後の勝負。
そんな感じだ。
太郎ちゃんが前面に立つ。
街宣で熱を作る。
怒りと共感で支持を広げる。
このモデルが、限界を迎えた。
そして、その後に来たのが今回のリセット。
つまり、
2月。旧モデルの敗北。
7月。旧モデルを正式に畳む宣言。
この流れだったのではないか。
そう考えると、2月の大敗も、今回のリセットも、別々の出来事ではない。
一本の流れとして表れているに過ぎない。
では、れいわ新選組は今後どうなるのか
れいわ新選組は、消える政党というより、変質する政党に見える。
ただし、簡単ではない。
太郎ちゃんの熱量を、そのまま誰か一人が引き継ぐのは無理だと思う。
「二代目山本太郎」を作ろうとしたら、たぶん失敗する。
必要なのは、一人の後継者ではない。
演説する人。
政策を制度の言葉に落とす人。
支持者と対話する人。
組織を管理する人。
太郎ちゃんの熱を日常語に翻訳する人。
こうした複数の役割に分けることだ。
以前、「ジェネリック太郎は一人ではなく分業の束」と書いたことがある。
今回の占断でも、そこはかなり強く感じる。
れいわが生き残るとすれば、山本太郎の代役を探すのではない。
山本太郎が一人で背負っていた機能を、分散すること。
そこにかかっている。
党名変更は良いのか
個人的には、党名変更は悪くないと思う。
「れいわ新選組」という名前は強い名前だった。
覚えやすい。
印象に残る。
戦う感じがある。
でも、「新選組」という名前には、どうしても幕末、刃、少数精鋭、滅びの美学の匂いがある。
長期的に生活を支える政党として広がっていくには、少し重い。
名前は大事だ。
名は体を表す。
これから必要なのは、刀の名前ではなく、家の名前だと思う。
戦う党から、暮らしを支える党へ。
怒りを代弁する党から、生活を立て直す党へ。
その意味では、「新選組」を外すのは理にかなっている。
ただし、名前を変えるだけでは足りない。
中身も変わらないといけない。
看板だけ変えて、組織運営がそのままなら、支持者は混乱する。
しかし名前と組織とメッセージがそろえば、再出発の可能性がある。
ここは本当に大事。
名前だけ変えても、魂が古いままなら意味がない。
れいわは与党になれるのか
ここは現実的に見たい。
占星術的に見る限り、れいわ新選組がすぐに単独与党になるような図には見えない。
一気に政権を取る。
巨大政党になる。
官僚機構を丸ごと運営する。
そこは、まだ遠い。
かなり遠い。
ただし、れいわが完全に終わるとも見えない。
むしろ可能性があるのは、政権そのものを取るより、政治の流れを変える役割である。
少数でも強い論点を作る。
他党が無視できないテーマを突きつける。
生活、消費税、貧困、災害、障害者、非正規、社会保障などの論点を、政治の中心に引き戻す。
場合によっては、将来的に連立や閣外協力、政策協議の中で一定の影響力を持つ可能性はある。
つまり、れいわは「与党になるかどうか」だけで測る政党ではないのかもしれない。
れいわの本質は、
政権を取ることそのものより、政治の中心に置かれていなかった痛みを、無視できない場所へ持ち込むこと
にある。
ただ、もし将来的に与党を目指すなら、必要なのは熱量だけではない。
組織運営。
人材育成。
政策実務。
地方組織。
他党との交渉。
支持者以外にも届く言葉。
これらが必要になる。
太郎ちゃんの熱だけでは、そこまでは届かない。
だからこそ、今回のリセットが必要だったのだと思う。
実は、太郎ちゃんは第六感が冴えている説
今回の流れを見ると、そう感じてしまう。
太郎ちゃんのバックに占い師がいるのではないか。
あるいは、本人が目に見えない何かとつながっているのではないか。
そう思ってしまうくらい、今回の判断は占星術的な流れに沿っている。
もちろん、本当に占い師がいたかどうかは知りようがない。
でも、少なくとも太郎ちゃんは、自分がそのまま残ると党の未来を縛ることを、どこかで分かっていたように見える。
自分が立て直す。
それができなければ、自分を消す。
これは厳しい判断だ。
でも、れいわ新選組を本当に次へ進ませるなら、必要な判断だったのかもしれない。
自分を残さない。
名前も残さない。
空気ごと変える。
なかなかできることではない。
まとめ
太郎ちゃんは、総理大臣になるための人というより、
政治の外にあった痛みを、政治の中心に戻すための人
だったように見える。
民衆の痛みを受け取り、
見えない怒りを言葉にし、
制度の奥にある腐りを暴き、
時代の傷口を開く。
その役割を果たしたうえで、今度は自分が党の未来を縛らないように、自分の影を外そうとしている。
今回の引退は、敗北ではない。
政治家として最後にやった仕事が、
自分を消すこと
だったようにも見える。
切ない。
でも、占星術的には腑に落ちる。
れいわ新選組がこれからどうなるかは、まだ分からない。
ただ、ひとつ言えるのは、山本太郎という人が開いた傷口は、そう簡単には閉じないということだ。
その傷口から、次に何が生まれるのか。
れいわ新選組の本当の勝負は、ここからなのかもしれない。
オマケ 太郎ちゃんの今後について
これはあくまで占星術的に見た話で医学的な話ではないので予めご了承ください。
占断として太郎ちゃんがここで退く判断をしたことは、かなり理にかなっているように見える。
全国を飛び回り、街宣に立ち続け、怒りも悲しみも全部自分の身体で受け止めるような政治活動を続けていたら、かなり危なかったと思う。
太郎ちゃんの命式には、民衆の痛みを拾う力がある。
でも同時に、それを自分の中に溜め込みやすいところもある。
だから、政治家として前線に立ち続けるより、いったん退いて、火を分ける側に回る方が合っている。
太郎ちゃんは、燃え尽きることで役割を果たす人ではない。
むしろ、ここからは議員や代表という肩書きではなく、必要な時に言葉を出す人。
次の人たちに火を渡す人。
政治の外側から、政治を動かす人。
そういう形になる可能性がある。
だから今回の引退は、単なる終わりには見えない。
今までと同じやり方を続けるための撤退ではなく、 今までと同じやり方を続けないための撤退。
今までお疲れさまでした。
ありがとうございました。
波に乗って、ネコ吸って先ずは健康を取り戻してほしいです。
鑑定について
今回のように、ホロスコープは生年月日だけで読むより、実際に起きた出来事と照合した方が、流れが見えやすくなることがある。
出生時刻が分からない方。
母子手帳の時刻はあるけれど、人生の流れと少しズレを感じる方。
転職、独立、結婚、離婚、体調不良、人生の大きな転機がいくつかある方。
そうした出来事をもとに、出生時刻や人生の流れを検証するレクティファイ鑑定も行っている。
自分の運勢の波が、どの時刻で一番よく反応するのか。
気になる方は、鑑定メニューからご相談ください。