前回の続きです。
カバー画像ですが、184時間も残業したからではありません。
前回述べたように、4月に私史上一番残業したわけですが、
当然5月も6月も100時間を超える残業は続いていました。
なぜそんなに残業を?
細かい話は機会があったらブログに書こうと思いますが、
要はトラブル続発当たり前のプロジェクトに後から参画させられ、
すぐにでも解決しなければならなかったのです。
で、7月に入ってようやくそのプロジェクトは落ち着いてきました。
そのころには土日は休めていましたが、2週間目の土曜日
39度ぐらいの熱が出ました。今ならすぐに「コロナだ」と
なるところでしょうが、単なる夏風邪だと思い市販薬を飲んで
日曜日は家でゴロゴロして体を休めていました。
当時まだ20代だった私は、体力的に何の問題もないと
思っていましたから。
月曜朝になっても熱は引かず、会社に病欠の連絡を入れ病院へ。
レントゲン写真を見ながら、医者が写真の右肺部分を指して、
「ここが白くなっていますよね」
確かに白く写っていたので「はい」と答えると、医者は
「これが肺炎なんですよ」と。
「へ、肺炎!?」
体が丈夫だということだけが取り柄の私だったので
肺だけでなく頭も真っ白に。
「すぐにでも入院しなさい」という医者に
「一人ぐらしなので準備が…」と言って一旦帰ろうとする私。
すると医者は看護師に指示し、とりあえず注射を打たれました。
この時です、生まれて初めてめまいがしたのは!!
しばらくすると何とか動けるようにはなりましたけど。
何を注射されたか今でもわかりませんが、
絶対一服もられたと思っています。だってそれから
どんどん容態が悪くなっていき、そのまま入院したのですから。
仕方なく九州に住む母親を呼んで入院の支度をしてもらい、
2週間後に退院しました。それから1週間は自宅で静養し、
ようやく仕事復帰となりました。
こんな感じで、職場に女性が極端に少なく、夜遅くまで残業の日々。
デートするような女性も、その時間すら私にはありませんでした。
アラサーを超えてさすがに焦ってきました。
「俺、結婚できないかも…」
アラフォーに近づいてきた頃、地元である九州に転属となり
それを機にすぐに結婚相談所に入会したのです。
(ようやく本題に戻ってきました)
そろそろどんなサービスを出品するか決めないと、と思うのですが
いいものがなかなか思いつかない状況です。
次回は<告知>のコラムを投稿したいので、しばらく考える時間を
取らせて下さい。
ここまで拙い長い文章を読んで頂き、ありがとうございました。