寂しいのに、寂しいと言えない大人が多すぎる

寂しいのに、寂しいと言えない大人が多すぎる

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大人になると、

「寂しい」

この一言が、
なぜか言えなくなる。

仕事もしている。

それなりに人とも関わっている。

LINEを開けば、
連絡できる相手もいる。

SNSを見れば、
誰かの生活がずっと流れている。

それなのに、

夜、一人になった瞬間。

急に寂しくなることがある。

でも、

「寂しいから話したい」

とは言えない。

なんとなく恥ずかしい。

重いと思われたくない。

暇な人だと思われたくない。

相手にも予定があるだろうと思ってしまう。

そして結局、

誰にも連絡しないまま、
一人で時間だけが過ぎていく。

僕は、

大人になるほど、孤独は見えづらくなる

と思っている。

子どもの頃は、理由なんていらなかった

昔は、
誰かと会うことに理由なんていらなかった。

「暇?」

「今何してる?」

それだけでよかった。

学校が終わっても、
特に用事もないのに集まった。

くだらない話をして、

意味もなくコンビニに行って、

気づけば何時間も経っていた。

でも大人になると変わる。

仕事がある。

家族がいる。

恋人がいる。

次の日も予定がある。

生活するだけで、
みんなそれなりに忙しい。

だから段々、

「こんなことで連絡していいのかな」

と思うようになる。

大人になると、会うことに理由が必要になる

ご飯に行く。

飲みに行く。

相談する。

仕事の話をする。

何かしら、
会うための理由を作るようになる。

逆に言えば、

理由がなければ会わなくなる。

これって、
少し寂しいことだと思う。

本当は、

ただ誰かと話したいだけ。

誰かの声を聞きたいだけ。

一人でいたくないだけ。

そんな日だってある。

でも、

「ただ話したかった」

というのが、
一番言いづらい。

寂しいと言える人は、意外と強い

僕は昔、

弱音を吐かないことが
強さだと思っていた。

何かあっても自分で処理する。

悩んでも人には見せない。

辛くても普通に振る舞う。

その方が格好いいと思っていた。

でも今は少し違う。

本当に強い人は、

自分が辛い時に

「今ちょっとしんどい」

「少し話したい」

と言える人なんじゃないかと思う。

自分の状態を認めて、

誰かに頼る。

簡単そうに見えて、
これが意外と難しい。

しっかりしている人ほど、誰にも言えない

普段から周りに頼られている人。

仕事ができる人。

後輩が多い人。

家族を支えている人。

相談される側の人。

そういう人ほど、

自分の悩みを話せる場所が少ない。

周りからは、

「この人は大丈夫」

と思われる。

本人も、

「自分が弱音を吐いちゃいけない」

と思ってしまう。

でも、

立場がある人だって人間だ。

疲れる。

落ち込む。

誰にも会いたくない日もあれば、

逆に、
誰かと話したくて仕方ない夜もある。

それは別に、
おかしなことじゃない。

SNSがあるのに孤独になる

今は、
昔より人とつながりやすい。

LINEもある。

Instagramもある。

Xもある。

TikTokもある。

誰かの生活を
24時間見ることができる。

それなのに、

孤独を感じる人は多い。

僕はこれ、

つながっていることと、

理解されていることは別だから

だと思っている。

フォロワーが何人いても、

本音を話せる相手がいなければ
孤独になる。

毎日誰かと連絡していても、

言いたいことを言えなければ
寂しくなる。

人間が欲しいのは、

連絡先の数じゃなくて、

「この人には話せる」

と思える相手なのかもしれない。

人は、答えよりもつながりを求めている時がある

悩みがある時、

必ずしも解決策が欲しいわけではない。

むしろ、

解決できないことの方が多い。

恋愛。

仕事。

家族。

人間関係。

将来。

簡単に答えなんて出ない。

そんな時に、

正論を言われるよりも、

「それはしんどいね」

「よく頑張ったね」

と聞いてもらえるだけで
救われることがある。

前の記事でも書いたけど、

人はいつも、
正しい答えを求めているわけじゃない。

ただ、

自分の気持ちを
誰かに受け止めてほしい時がある。

寂しさをごまかすと、変なところで出てくる

寂しさって、

無視すれば消えるものでもない。

仕事を詰め込む。

お酒を飲む。

SNSをずっと見る。

誰かに依存する。

必要以上に連絡する。

逆に、
誰とも関わらなくなる。

形を変えて、
どこかに出てくる。

だから、

「自分は今ちょっと寂しいんだな」

と認めることって、
結構大事だと思う。

別に恥ずかしいことじゃない。

人間なんだから、
当たり前だ。

一人が好きと、孤独が好きは違う

僕自身、

一人でいる時間は嫌いじゃない。

むしろ、
一人の方が楽な時もある。

好きなものを食べて、

好きな時間に寝て、

誰にも気を使わなくていい。

でも、

一人が好きな人だって、

ずっと誰とも関わらなくて平気とは限らない。

「一人でいたい」

と、

「誰ともつながっていない」

は全然違う。

自分で選んだ一人の時間は心地いい。

でも、

誰にも話せない一人の時間は、
意外と苦しい。

たった数分話すだけで変わることもある

悩みを全部解決しなくてもいい。

答えを出さなくてもいい。

10分でも、

20分でも、

誰かと話す。

それだけで、

「まあ、明日もやるか」

と思えることがある。

人間って、
案外そんなものだと思う。

大きな解決策より、

ちょっとした会話に救われる夜がある。

最後に

もし今、

なんとなく寂しい。

でも誰かに連絡するほどでもない。

相談と言えるほどの悩みもない。

そんな状態なら、

無理に理由を作らなくてもいいと思う。

「なんとなく話したい」

それだけで十分。

愚痴でもいい。

恋愛の話でもいい。

仕事の話でもいい。

今日あったどうでもいい話でもいい。

話したい内容が決まっていなくてもいい。

人は、

ずっと一人で強くいられるほど
器用じゃない。

だから、

たまには誰かを頼っていい。

寂しい時に、

「寂しい」

と言っていい。

僕は、

そうやって話せる場所があるだけで、

人は少しだけ、
生きやすくなると思っています。

もし今、

誰かと少し話したいと思っているなら、

まとまっていなくても大丈夫です。

ゆっくり聞きます。



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