私たちは、何かを得たいと思って行動することもあれば、何かを避けたいと思って行動することもあります。
例えば、仕事で頑張るとき。
「成長したい」「成果を出して達成感を味わいたい」「周囲の人と喜びを分かち合いたい」
そんな気持ちが原動力になることもあれば、
「失敗したくない」「周囲から能力がないと思われたくない」「期待を裏切りたくない」
という気持ちが原動力になることもあります。
前者は、心地よさや喜びを求める行動。
後者は、不安や恐れなどの不快を避ける行動。
どちらも、私たちが行動するための大切な動機です。
その動機の違いによって、
同じように頑張っていても、本人が感じる充実感には違いが生まれるのかもしれません。
頑張っているのに、元気がなくなっていった人
以前、私の職場に5人のメンバーを率いるチームリーダーがいました。
リーダーシップを発揮し、チームとしてしっかり成果を上げている人です。メンバーもそれぞれ自分の役割を果たし、チームは順調に仕事を進めていました。
ところが、本人はかなりのプレッシャーを感じていて
面談では、よくこんな言葉を口にしていました。
「自分の立場からすると、もっと頑張らなくては」
「メンバーがすごすぎるから」
周囲から自分がどう見られているかを、とても気にする人でした。
そのチームリーダーの行動の背景には、
周囲からの批判や失望を避けたいという気持ちがあったのではないかと思っています。
期待に応えなければ。
メンバーに不満を持たれないようにしなければ。
リーダーとして、もっと頑張らなければ。
そうして成果を出し続けていたのですが、次第に元気がなくなっていきました。
頑張っても、頑張っても、何かが満たされない。
成果を出しているのに、安心できない。
そんな状態だったのかもしれません。
人は何を求めて行動するのか
アンソニー・ロビンズというアメリカのコーチ・著者が提唱している「6つの感情のニーズ」という考え方があります。
人間には、心を満たすための6つの基本的なニーズがあるというものです。
1. 確実性
安心、安全、安定を求めること。
2. 不確実性
変化や刺激、新しい体験を求めること。
3. 自己重要感
自分には価値がある、認められている、特別な存在であると感じたいこと。
4. 愛とつながり
誰かとつながりたい、受け入れられたい、信頼し合いたいということ。
5. 成長
学び、変化し、自分の可能性を広げたいということ。
6. 貢献
自分の存在や行動が、誰かの役に立っていると感じたいということ。
私たちの行動の背景には、こうしたニーズが存在しています。
そして、興味深いのは、同じニーズであっても、その満たし方は人によって違うということです。
例えば「自己重要感」。
自分の強みを発揮して、周囲から認められることに喜びを感じる人もいれば、周囲から能力がないと思われないように、必死に頑張る人もいます。
どちらも、自分の価値を感じたいというニーズが背景にあるのかもしれません。
また、「愛とつながり」も同じです。
仲間と協力し、一緒に喜びを分かち合いたいと思うこともあれば、嫌われたり、仲間から孤立したりすることを避けようとすることもあります。
つまり、私たちは心のニーズを満たそうとして行動しているのですが、その方法によって、心地よさを得られることもあれば、不快を避けるために頑張り続けることもあるのです。
環境が変わると、行動の動機も変わる
先ほどのチームリーダーは、その後、別の仕事をするチームへ異動しました。
以前の仕事はスピードが求められるものでしたが、異動先は正確さや丁寧さが求められる監査部門です。
そこで、一人のパートナーと二人で仕事を進めることになりました。
お互いの得意なこと、苦手なことを補い合える関係です。
しばらくして面談をしたとき、こんな話をしてくれました。
「〇〇は私の方が得意だからこっちを私がやって、相手には私の苦手な△△をやってもらって。役割分担ができている感じなんです」
その言葉からは、以前とは違う仕事への向き合い方が感じられました。
自分の得意なことを生かせる。
相手の得意なことを頼ることができる。
お互いに補い合いながら仕事を進められる。
そして、パートナーの存在に感謝しながら、自分も相手をサポートできることに喜びや存在意義を感じているようでした。
仕事中に笑顔で話す姿も見られるようになりました。
以前は、自分の考えや気持ちを話す前に、メンバーがどう思っているかを気にしていましたが、今はパートナーに自分の意見を伝えられる関係になっています。
体調がすぐれないときには、自分から在宅勤務に切り替える調整もできるようになりました。
以前は無理をして体調を悪化させても、休むことに罪悪感を持ち、周囲に謝ってばかりいた人が、です。
今は、自分の状態を大切にしながら仕事を進められるようになってきました。
もちろん、環境を変えたことだけがすべての変化の理由ではないでしょう。
本人が持っている強みを生かし、安心して自分の意見を伝え、誰かと補い合いながら貢献できる環境が、本人の力を発揮する助けになったのだと思います。
人を動機付けるために、できること
この経験から、私は人の動機付けについて考えるようになりました。
部下の意欲が低下しているとき、私たちはつい、
「どうすれば、もっと頑張ってくれるだろう」
「どうすれば、やる気になってくれるだろう」と考えがちです。
けれども、その前に考えてみたいことがあります。
その人は何を求めているのだろう。
何を避けようとしているのだろう。
どんなときに心地よさや喜びを感じるのだろう。
そして、
どんな環境なら、その人が持っている力を自然に発揮できるのだろう。
6つの感情のニーズは、相手の行動の背景を理解するための一つの手がかりになります。
例えば、
認められたいという気持ちが強い人には、成果だけでなく、その人ならではの強みや貢献を具体的に伝えることが助けになるかもしれません。
仲間とのつながりを大切にする人には、協力し合える関係や、一緒に取り組む機会が意欲につながるかもしれません。
成長を求める人には、新しい挑戦の機会が力になるかもしれません。
大切なのは、こちらがよいと思うものを与えることではなく、相手が何を大切にしているのかを理解しようとすることだと思います。
頑張ることが、心地よいものになるために
不快を避けるために行動することは、決して悪いことではありません。
危険を回避したり、責任を果たしたりするためには必要な動機です。
ただ、それだけが行動の原動力になってしまうと、どれだけ成果を出しても、安心や満足を感じにくくなることがあります。
一方で、自分の強みを生かせること。
誰かと信頼し合えること。
成長を実感できること。
自分の行動が誰かの役に立っていると感じられること。
そんな心地よさや喜びが、行動の動機になれば、頑張ることそのものにも充実感を見いだせるのではないでしょうか。
人を動かそうとする前に、その人が何を求めているのかに目を向けてみる。
そして、その人が自分らしく力を発揮できる環境を考えてみる。
それもまた、マネジメントにできる大切な働きかけなのだと思います。