夜の電車の中で、田中さんはスマートフォンをぼんやり眺めていた。
金曜日の帰り道だった。タイムラインには、同期の昇進報告、友人の結婚式の写真、誰かの旅行の投稿が流れていく。「すごいな」とは思う。でも、それよりも先に浮かぶのは、言葉にできない何かだった。
怒りではない。悲しみでもない。不満とも、少し違う。「このままでいいのかな」という、もやっとした問いだった。
電車の窓に映る自分の顔を、田中さんはしばらく見ていた。仕事は普通にできている。給料もそれなりにある。家族もいる。傍から見れば、不満があるはずのない生活だ。それなのに、この問いが浮かぶ。なぜ浮かぶのか、自分でもよくわからなかった。
「このままでいいのかな」という言葉は、誰かに言うわけでもなく、解決策を求めるわけでもなく、ただ胸の中をゆっくりと漂っていた。
数日間、田中さんはその問いを誰にも話さなかった。話せなかった、というほうが正確かもしれない。「このままでいいのかな」という言葉は、文句のようにも聞こえるし、相談のようにも聞こえるし、何を答えてもらえばいいのかよくわからない問いだった。「贅沢な悩みだ」と言われる気がして、口を開く前に飲み込んでいた。
職場では普通に働いた。会議に出て、資料を作って、部下に指示を出した。帰り道にコンビニに寄って、家に帰った。その繰り返しの中で、あの問いは消えるかと思っていた。
消えなかった。むしろ、日常の隙間のたびに顔を出すようになっていた。打ち合わせの合間、昼食のとき、眠れない夜。「このままでいいのかな」という問いは、じわじわと、田中さんの内側に広がっていった。
そんなある日、昔からの友人であるユキと、久しぶりにカフェで会う機会があった。ユキとは学生時代からの付き合いで、互いに本音を話せる数少ない相手だった。近況を話す中で、田中さんはなんとなく、あの問いのことを切り出した。
「最近ね、なんか……このままでいいのかなって思うんだよね」
少し恥ずかしそうに言う。ユキはすぐには答えなかった。コーヒーカップを両手で包みながら、少しだけ考えてから聞く。
「それって、何かが嫌なの?」
「嫌ってわけじゃないんだよ。仕事も普通にできてるし、生活も困ってないし。ただ、なんか……漠然と、このままでいいのかなって」
「漠然と、か」とユキがもう一度問う。「じゃあ、このままでいいのかなって思った後、何を想像してる?」
田中さんは、少し黙った。そう言われると、何かが浮かぶ。「もっと違う何か」だった。でも、それが何かは、うまく言えなかった。
「なんだろう……もっと、なんか……充実してる感じ、かな」
ユキはそこで静かに言った。「それ、答えが出てる気がするけど」
窓の外を見ながら、ユキは続けた。
「不満って、整理しやすいんだよ。何が嫌か、って聞けばいいから。でも『このままでいいのかな』は、不満じゃないでしょ。何かを求めてる感じ、でしょ。求めてるものが見えてないから、もやっとするんだよ。見えてたら、もうとっくに動いてると思う」
田中さんは、すぐに答えられなかった。「そう……なのかもしれない」
しばらく、二人は黙っていた。カフェの中には他のお客さんたちの話し声が小さく響いていた。田中さんは自分のコーヒーを一口飲んで、何かが少しだけほぐれるのを感じた。言葉にならなかったものが、言葉の近くまで来た感じ、とでも言えばいいのか。
「このままでいいのかな」という問いが浮かぶとき、多くの場合、それは複数の層が重なっている。
ひとつは、比較だ。誰かの成功を見て、自分の立ち位置を確認してしまう。比べるつもりはなくても、勝手に比べている。SNSはその比較を、毎日、無限に供給し続ける。
ひとつは、慣れだ。今の状態に慣れすぎると、それが「普通」になる。普通から外れることへの恐れと、変わりたいという衝動が、同時に胸の中に存在する。その緊張感が、あの問いになって出てくる。毎朝同じ時間に起きて、同じ電車に乗って、同じ席に座る。その「同じ」が積み重なるほど、「このままでいいのかな」という問いは静かに育っていく。
田中さんは自分でも気づいていなかったが、あの問いが生まれたのは、ちょうど職場で大きなプロジェクトが一段落した直後だった。走り続けているあいだは出てこなかった問いが、少し立ち止まった瞬間に、静かに顔を出した。
そして、もうひとつある。変化の気配だ。人は、内側で何かが変わろうとしているとき、外側の「現状」が窮屈に感じ始めることがある。問題があるから苦しいのではなく、成長しようとしているから、今の器が合わなくなってきている。そのずれが、あの問いになる。
人生の節目というのは、必ずしも大きな出来事として現れるわけではない。むしろ、こういうふうに静かにやってくる。電車の中で、ふと浮かんだ問いとして。誰かに言えないまま、胸の中で育っていく問いとして。その静けさを、見落とさないほうがいい。
だから、「このままでいいのかな」という感覚を、安易に打ち消そうとしないほうがいい。気のせいだと片付けようとするほど、問いはかえってしぶとく残る。この感覚が出てきたこと自体を、ひとつのサインとして受け取ってみる。内側で何かが動こうとしている、というサインとして。
カフェを出た後、田中さんは駅のホームで少しだけ立ち止まった。「充実してる感じ」。その言葉を、声に出さずに繰り返してみた。どんな状態が、「充実してる」なのか。どんな仕事が、どんな関係が、どんな時間が、それに近いのか。
電車が来るまでの2分間、田中さんは初めてその問いと、ちゃんと向き合った。答えは出なかった。でも、問いの輪郭は、少し見えた気がした。
それで十分だった。
「このままでいいのかな」という感覚が出てきたとき、最初にやることは、たぶん一つだ。その感覚の後ろを、もう少しだけのぞいてみる。その後に、何が来るか。焦り? 怒り? それとも、どこか静かな憧れ? 感覚を無理に言語化しなくていい。答えを出そうとしなくていい。ただ、その後ろに何があるかを、少しだけ見てみる。
もやっとした問いは、弱さのサインじゃない。何かを求めている、内側の正直な声だ。そして、ずっと一人で抱えていたこと自体が、少し重かったのだということに、田中さんは気づいた。誰かに言葉にしてみるだけで、問いの輪郭が変わることがある。うまく説明できなくていい。整理できていなくていい。ただ、声に出してみる。そこから始まることが、ある。
答えが出るまで待たなくていい。問いと一緒に、少し歩いてみる。それだけで、景色は変わり始める。
窓ガラスに映る自分の顔を、田中さんは金曜日の夜よりも少しだけ鮮明に見つめた。電車が動き出す。夜の街が、後ろへ流れていく。
問いは、まだ答えになっていない。でも田中さんはもう、その問いを一人で持ち歩いてはいなかった。
それが、最初の一歩だった。
「このままでいいのかな」は、終わりの合図ではない。
あなたの内側が、次の流れを感じ取り始めたとき、最初に届くメッセージだ。
開発その問いは、あなたを裏切らない。ずっと。