「田舎って、人が温かくていいよね」
そう言われることがあります。
確かに、そうなんです。
近所の人が野菜を分けてくれたり、困ったときには助けてくれたり。
田舎には、人とのつながりや温かさがあります。
でも、ときどき思いませんか?
「誰も私のことを知らない場所に行きたいな……」
こんばんは、あかねです。
今日は、田舎だからこそ抱えてしまう、ちょっと複雑なモヤモヤについて
お話しします。
「いい人」だからこそ、断れない
田舎の人間関係がしんどいのは、嫌な人が多いから。
そう思われがちですが、実は逆の場合もあるんじゃないでしょうか。
たとえば、いつも親切にしてくれるご近所さん。
野菜を分けてくれたり、困ったときには声をかけてくれたり。
そんな人から、
「今度の集まり、来られるよね?」
と言われたら?
本当は休みたい。
仕事で疲れている。
でも、
「いつもお世話になっているし……」
「断ったら悪いよね」
そう考えて、つい、
「はい、大丈夫です」
と答えてしまう。
嫌な人には距離を置けても、いい人には距離を置きにくい。
これって、田舎の人間関係の意外な難しさだと思うんです。
本当に疲れるのは「いい住民」を演じること?
田舎では、
「あそこの奥さんは、いつも感じがいいね」
「地域のこともちゃんとしてくれる」
そんなふうに思われると、悪い気はしません。
でも、いつの間にか、
「期待を裏切っちゃいけない」
「ちゃんと付き合わなきゃ」
「嫌われないようにしなきゃ」
と、自分に言い聞かせてしまうことがあります。
もちろん、実際に地域の付き合いを断りにくい事情もあります。
でも、もしかすると、
周りから求められる役割だけでなく、自分自身が作った
「いい人でいなきゃ」というルールにも疲れているのかもしれません。
そう考えると、ちょっと見方が変わりませんか?
田舎から逃げたいんじゃない。「役割」から離れたいのかも
田舎では、自分の名前より先に、
「あそこの家の娘さん」
「○○さんの奥さん」
「△△さんのお母さん」
そんなふうに呼ばれることがあります。
もちろん、悪気があるわけではありません。
でも、ときどき思うんです。
「私は、私なんだけどな……」
誰かの娘でも、妻でも、母でもなく。
ただの「私」。
だから、知らない街へ出かけると、妙にホッとすることがあります。
誰も自分のことを知らない。
どこの家の人かも聞かれない。
ただ一人のお客さんとして、ゆっくりコーヒーを飲める。
それだけで、心が軽くなる。
もしかすると、田舎から逃げたいのではなく、田舎で背負っている役割から、少し離れたいだけなのかもしれません。
田舎が好きでも、逃げたくなる日はある
田舎の人間関係は、簡単に割り切れるものではありません。
近所だから。
親戚だから。
これからも、ここで暮らしていくから。
「嫌なら付き合わなければいい」
そんなに簡単じゃないんですよね。
でも、だからといって、すべてを我慢しなくてもいいと思うんです。
たまには地域の集まりを断ってみる。
少し遠くのカフェで、一人の時間を過ごす。
誰にも気を遣わず、ただぼんやりする。
そんな小さな時間があってもいい。
田舎が好きなことと、田舎の人間関係に疲れることは、矛盾しません。
ありがたいと思う気持ちも本当。
しんどいと思う気持ちも本当。
どちらかを否定しなくてもいいんです。
## 田舎だからこそ、身近な人には話せないこともある
田舎では、人とのつながりが近いからこそ、
悩みを相談しにくいことがあります。
「あの人に話したら、誰かに伝わるかも」
「こんなことを言ったら、わがままだと思われるかな」
「地域の人の悪口を言っているみたいで嫌だな」
そんなふうに思って、気持ちを飲み込んでしまう。
でも、誰かの悪口を言いたいわけじゃないんですよね。
ただ、
「ちょっと疲れた」
「本当は断りたかった」
「誰かに分かってほしい」
そんな気持ちを聞いてほしいだけ。
私は、そういう話ができる場所も必要だと思っています。
ココナラでは、誰にも言えないモヤモヤを、ゆっくりお話しいただける
「心の休憩室」を開いています。
田舎特有の人間関係や、ご近所付き合い、家族や親戚とのこと。
話がまとまっていなくても大丈夫です。
無理に答えを出さなくても大丈夫。
「こんなこと、誰にも言えなくて……」
そんな一言からでも構いません。
誰かに話すことで、自分が何に疲れていたのか、少しずつ見えてくることもあります。
田舎で暮らしているからといって、いつも「いい人」でいなくてもいい。
あなた自身の気持ちも、大切にしていいんです。
今日も一日、お疲れさまでした。
あかね