自らが“見下すように定義した”弱者を救う。ことを「光の仕事」

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コラム
私は「誰かのため・人のために働ける存在(ライトワーカー)」と言いがちだけど。
あたりまえが“当たり前”であることを、当たり前であるかのように「あたりまえに続けられる人」だと思うよ。

それってさ。
誰にもほめてもらえないじゃん。
もはや「そう言う人だと思われている」もんね。

それこそ。
“そいつがするもん”って、ちょっと軽く見ているだろうね。

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自らが“見下すように定義した”弱者を救う。ことを光の仕事(誰かのため・人のために働ける)と言いがちだけど。
2026/01/20
https://coconala.com/blogs/2997019/690979


どうしてそんなに「ライトワーク」をしたがるんですか? あなたは光を盾に、己の闇(偽り)を見ないようにしているだけです。
2024/05/27
https://coconala.com/blogs/2997019/429514

あなたがあなたでいれば、それでいいんじゃないですか。

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もうちょっと詳しく言いましょう。

“光”のために【闇】を必要とするならば、
あなたは「まだ半人前」と言うことです。
・・・

それこそ。
「自らに条件がないと生きられない未熟者」の発想でしょうね。
「ツインレイ」と言う言葉を肩書きとして使うように己惚れることなく
2026/04/01
https://coconala.com/blogs/2997019/724789

“自らを生きられる”のがツインレイです。

...

だからたぶん。
ライスワークとライフワークを己に都合よくごっちゃにして。
自らに都合がいいように。
“ライトワーク(己は光、誰かのため)”とかご大層なことを語って「金を儲けたい(自らに承認を欲している)」だけなのです。

***

「ライスワーク」ではやりがい=「金になる」
 ・経済的価値に基づく
 ・生活のために働く

<ライフワーク>では生きがい=「収益化しなくてもいい」
 ・自身の価値観や人生の意義と一致する
 ・自分を保つ

こちら。
「ライスワーク」と<ライフワーク>の違いは、カルハが調べた限りです。
・・・



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