“ここではないどこか”に行って、すべてのしがらみから逃れることが「自由」だと思っていました。
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でも、
その先で何をみつけるのか。
この目に何を宿すのか。
それは、
私でしかないのです。
だとしたら、ある意味で。
目の前と同じです。
自らの内側。
そこで何かの経験は得られても。
何も変わらないのかもしれない。
いつだって、この手のひらから零れ落ちることの方が多い。
それでも。
私のこの身はここにある。
いつだって、どこかに。
この手を伸ばしている。
***
私の【青い鳥】は、どこにいるのか。