「他者に問題があるべき」...己の目の前(事実)が受け入れられないその時、人はそう考えるのかもしれません。

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コラム
「鏡から我を取ると神」になるそうです。

言われてみたらそうですね。
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「他者に何かを気が付かせよう(私はそうでなければならない)」と固執しなくても。
“それをしている己の顔”を直視してきていいのにね。

まぁ。
それこそ己で、見れたものではないのかもしれません。

***

まして。
それは水面のように。
心が揺らいでいたら。

己の目の前(事実)は、ますます。
受け入れられないかもしれません。


その時、人は。
「他者に問題があって欲しい(あるべき)」

と、願うのかもしれませんね。

***

それは“自分”か「他人」か。

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・・・
「世の平和」を願ってもいいんだよ。その「平和な世の中」で、お前が“なんの役に”立つんだ?
2025/10/15
https://coconala.com/blogs/2997019/650070

そこで生きる意味を見出せるのか。

***

この世が【地獄】のままであって欲しいのがお前だろ。

そうじゃなきゃ。
「そのサービスは売れない」もんな。


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