「ツインレイ指定で救おう」と言うそれこそが「己が救われていないから生まれている」んじゃないのかと。ツインレイは“自身にできない事がある”と言うその己の領域の理解・納得があるからです。

記事
コラム
「なんのために産まれたのか=己にできないことがある」
を受け入れている。

です。

他者との線引きと言うより、自己理解ですよね。
自らが確立すれば、必然的に他者との関りに関係する領域も定まるのです。


殊更にツインレイを掲げて他者の気を引いてまで客を呼ぶ。とか。
殊更にツインレイを語ってそれができるように思わせる。とか。

それは「自らの裏側を受け入れられていない」と言うことです。


たぶん認識すらしたくないところでしょうね。
【他者の人生の重要人物】になりたがる前に「理想的ではない己の人生の“名もなき端役”を全う」してきてください。
2024/10/14
https://coconala.com/blogs/2997019/483211

たぶん。
あなたが一番見たくないものです。


「ツインレイ指定で救いたい」「それしか価値がない」と、自らそんな視野を狭めるような真似はしません。

己が必要とされるところに流れるからです。


他者に「あとでツインレイに見られるような行動」を選んで取っているわけではないのです。


それは「己を必要と」されているのです。
産まれ生きてきたこれまでを。
それは、ツインレイではなかった人生も含まれます。

すべては「ひとつ」です。

そう言う理解があります。



「これを乗り越えた私はツインレイ!」と山場を強調するような話じゃなくて。己が「そこに向かおう」と一歩踏み出したその道中には、山もあり谷もある。また、その大きさも、広さも、それを乗り越えていく手段も、様々である。
2025/02/15
https://coconala.com/blogs/2997019/530368

それをどう感じるのか。
どう考えていくのか。

...

そしてそこにたどり着いて。
何が見えるのでしょうか。
どんなことを感じるのでしょうか。

だけどきっと。
「そこに向かおう」とスタートの場所で思った自分とは、少し変わっているはずです。

そこからは見える世界は、あの場所とは違うのです。
それは、あそこの反対側。

逆に言えば、あの場所を反対から見て。
何を思うのでしょうか。
・・・

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