自分がやりたくてやったのなら、「やり切った」と言うそれで満足できると思いますけどね。

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それに気が付いた。
やった。
やったけど、自分が思ったようには人からほめてもらえなかった。
でも、やるって言ったからにはやらないといけない。
誰もほめてくれない。
なんで私がこんなことしないといけないのか。みんなやってないのに。
みんながキレイにつかえばいいのよ!


で、こうなる。
「私はこんなに綺麗に大切に使っているのに! どうして(あなたは)できない・やらないのよ!」
https://coconala.com/blogs/2997019/361063

やりたくないなら、やらなきゃいいじゃん。

……。
こう言うのを、承認欲求(他者から認められたい)って言うんですかね?
他人を使って己を満足させようとする巧妙な感じですけどね。


承認欲求にはレベルが2つあるそうです。
低いレベルの尊重と、高いレベルの尊重に分けられるそうです。
前に記事を上げていた人がいました。
承認欲求

承認欲求(しょうにんよっきゅう)とは、「他者から認められたい、自分を価値ある存在として認めたい」という願望であり、「尊敬・自尊の欲求」とも呼ばれる。

~中略~

中でも承認欲求とは、自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める欲求である。
尊重のレベルには二つある。低いレベルの尊重欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たすことができる。マズローは、この低い尊重のレベルにとどまり続けることは危険だとしている。高いレベルの尊重欲求は、自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされ、他人からの評価よりも、自分自身の評価が重視される。この欲求が妨害されると、劣等感や無力感などの感情が生じる。

ウィキペディア(Wikipedia)


そりゃぁ。まぁ。
もうちょっときれいな方がいいな。とか。
どうしてこうなった。と思うことはありますよ。
トイレとか。
道を歩いていても。

でも。
それを自分がやりたくてやったのなら、他人は出てこなくてもいいと思いますけどね。


***

ちなみに、私も同じように「相手ができないこと」を責めたくなったこともありました。
特に、社会人になってしばらくは本当に悩みました。


で、伯母に電話で愚痴りました。

伯母は言いました。
「相手が貴女と同じレベルで何かをできるなんて期待する方が無駄である」と。

カルハの方が、
「人よりも気が付くことが多いのだろう。また、それが自然にできるのだろう」と、そう言うお話でした。
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