物事を自分の好き嫌いで見る事が差別のはじまりなのかなぁ?

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まぁ、それは「区別」と言うことになるのでしょうが。

でも、好きな人と嫌いな人では、対応は変わります。
別に何かをおまけしろ。と言うのではありません。
好ましい人には、穏やかに声をかけられる。と言うだけです。
その声をかけられなかった人からすれば差別にもとれると思います。


まぁ、自身が神である。とでも言いたげな自信がないと、自らの好き嫌いで何かを判断するなんてできませんよね。
だって、己の判断だけでは見誤る(“みあやまる”だった……どーりで変換がでないはずだ……)事もありますよね。

自らは絶対に間違わない。と言う自信があるなら別ですが。


あ、私ですか?
私は相手を黙らせるのに、事実を武器にするといいと述べました。
そう言う時は事実に断らせます。
私はただの仲介です。
感情論に持ち込むと疲れます。

もちろん、これは断りたい。と言うのは私の感情です。
そして、相手のこれがしたい。も相手側の感情なのです。

だから相手に諦めさせるのです。


私はこの世の全ての人々を好きになりたい訳じゃありません。
聖人君子を目指している訳ではないのです。

私は、己に正直に生きたいのです。


それに、私の皮肉は出番を待っているのですから。←
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