こんにちは、須貝先生です。
前回は学校で暗に教えている、思考の順序「努力→選択→幸せ」が逆じゃないですか?「自分の幸せを考える→選択をする→努力する」の方が幸せになりやすいのでは?ということを書きました。
一つ補足をしておきます。
なぜ学校で暗に教えている価値観の順序が逆なのか、ということについて。
かつて、日本が高度経済成長の時代(昭和)は、右肩上がりで毎年のように経済が伸びている時代でした。
そんな時代に成功する確率を上げるために必要な考え方は「みんなと同じであること」です。みんなと同じであれば、みんなと同じように右肩上がりの流れの中にいられるから。
社会(産業界)が求める人材としても、「やれ!」「はい!」で動ける人間が一番都合が良い。
だって作れば売れるんだから。
言うとおりに、効率良く、たくさんものやサービスを提供できる人が望ましいですよね。
学校教育の価値観は(少なくとも地方の私が経験したいくつかの地域では)この時代でストップしています。
「みんなと同じ」
「とりあえず目の前の事(受験)に全力で頑張れ」
「課題を期限までに遅れずに出せ」
「そうすれば良い学校に進学出来て、良い会社に入れて、幸せな人生を歩めるぞ」
こうした成功の方程式に則って、成功してきた世代が確かにあるんです。
つまり、これは彼らの正義の法則だから、なかなか変わらないんです。
しかし、社会は変わりました。
経済は右肩下がり。
「みんなと同じ」はみんなと同じく下がっていく流れの中に身を置くということ。
産業界も、市場の多様なニーズを見つけ出し、0→1で思考できる人材を欲している現在。
「やれ!」「はい!」の人材教育で良いのでしょうか。
受験の成功者が社会の成功者たりえるのでしょうか。
入口から物事を考える人材が幸せにたどり着くのでしょうか。
「いや違う」という人は賛同して欲しい。
今こそ、学校で暗に教えている価値観を変えていかないと、いつまで経っても昭和人材の再生産構造は終わらない
ということに!
これは学校教育を離れた、私の闘争です。
自らの思いをコンテンツとして広げ、より良い教育の機会を世の中に提供していきたいんです。
熱くなってきました。
では、冷静に本題に入りましょう。
1.時代劇に見る日本人の美徳
「越後屋、おぬしもワルよのぅ」
「お代官様ほどではございませぬぅ」
これは今の10代にどれほど伝わるくだりなのでしょうか。
時代劇の典型的な場面として描かれる、悪徳商人と悪代官とのやりとり。
たいがい、この直後に正義の将軍か、黄門様か、銭形か、遠山かによって、この悪は成敗されていきます。
日本人の大好きな「勧善懲悪」ですね。
この影響かどうかは調べていないので定かではないですが、「お金稼ぎ」にという言葉に多少の「悪」「汚さ」を覚える人もいらっしゃると思います。
その証拠に、家庭でお金の話、例えば親の年収についてなどを子が聞くことを嫌がる家庭も多いのではないでしょうか。
一番身近な大人である、親の時間の使い方や疲労具合、話す言葉などをもとに、子どもは将来の自分の理想を描いていきます。
しかし、「そんなに頑張って働いている親がいくら稼いでいるかは分からない」という状態は、果たして子どもが持つ情報、判断材料として適切なものと言えるでしょうか。
親の年収が多い、少ないが問題なのではなく、子が自分の人生の理想を描くときに、予算が立てられないことが問題なのです。
何の仕事をして、どれだけの時間を使い、どれだけの収入を得るのか。そしてそれが自分の幸せで理想的な人生の歩み方とマッチしているのか。
これを考える材料が少ないまま、子どもは進路選択を迫られているのです。
もちろん、家庭だけがその責任を負っているのではなく、学校で積極的にお金についての教育はおろか、話題としても嫌う傾向にあることも、子どもの情報不足(あるいは偏り)という問題に大きな一役を担っている状況です。
学校教育にお金の教育が盛り込まれていないことの理由も、もしかしたらこの日本人特有のお金に対するなんとなくの「不浄感」からきているのかもしれません。
2.お金を儲けること=人を幸せにすること
これまでの事をふまえると、お金の教育のスタートとして、お金を稼ぐことは「悪」という考えをまず改めることから始めないといけません。
そこで、まず注目したい価値観は、これです。
「等価交換」
世の中の真理として、等しい価値のものが交換されるという考え方です。
理科の化学反応式も、反応前と反応後は同じ質量になるように書きますよね(質量保存の法則)。
そして、残念ながら鉄から金は精製できないんですよね(錬金術)。
鉄と金は等しいものでないからです。
成功を得るには、成功に見合う努力が必要ですよね。
これは成功と努力が等しい価値になった時に達成されるということです。
これらの例と同じように、もちろん、世の中のあらゆる契約も、基本的には等価交換です。
100円玉とシャープペンシルは等しい価値だと判断されるから購入という形で交換されるのですよね。
お金を稼ぐことは善であることのたとえ話をします。
世の中にA、Bの2人だけが存在していると想像してください。
両者ともに1万円ずつ持っています。AさんはBさんの持っている1万円が欲しくてたまりません(お金が欲しい)。AさんはどうすればBさんの1万円を手に入れることができるでしょうか。
奪う、だます、などには当然、それに等しい罰が与えられます。
では、Bさんが欲しがる商品をAさんが作った場合はどうでしょう。
Bさんが1万円を払ってでも欲しがる商品をAさんが提供できれば、Bさんは喜んでAさんに1万円を渡すでしょう。
するとどうでしょう。
Aさんは2万円の現金を手に入れ、Bさんは1万円と等しい価値の資産を手に入れたことになります。
世の中に存在する価値が全体で2万円から3万円に増えました。
つまり、お金を稼ぐ行為によって、社会に存在する富の総量が増えます。
もっと簡単に言うと、たくさんのお金を稼ぐということは、たくさんの人を幸せにさせるということとほぼ同じ意味であるということです。
人を幸せにすることは善でしょう。
年収は大人の通信簿
という人もいます。どれだけ稼いだかは、どれだけ人を幸せにしているか(量と質)を表しているという考え方です。
さて今回私が提供するサービスは、あなたを幸せにし得るでしょうか。
等価交換ですから、金額に見合う幸せが得られると判断していただけるならば、ぜひご購入下さい。
一度試してみて、これは等価でないと感じたならば遠慮なく1回で止めていただいて構いません(あたりまえですね)。
しかし、もし価値や縁を感じて下さった方がいらっしゃれば、ともに素敵な人生や働き方について考えていきましょう。
ということで、今回はここまで。
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では、また。